2006年07月22日

序:台湾古道について

Kodou-0.JPG【写真説明】八通関越嶺古道は台湾古道中の巨人、清代に開鑿されたが現在登山道として専ら歩かれているのは日本時代に理蕃道として開鑿されたもの。写真は古道の東側(花蓮県玉里)入り口近く、嘗て山風駐在所があった場所から暫く入った部分。荒く切り出されてはいるが兵火器を移動させるのに十分な道幅が確保されており、当時の理蕃道の性格と風貌を今に伝えている。
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2006年07月23日

六亀特別警備道(扇平古道)−1

Kodou-1.JPG【写真説明】東海道第四十一宿「宮」に相当すると思われる駐在所遺構。同時に鳴海下山(標高1,372メートル)の山頂でもある。ここで無造作に捨て置かれたDai Nippon Brewery(大日本麦酒)の欠けたビール瓶を見付けたが、これは明らかに最近の山行者が掘り起こしたものをそのままにしておいたもの。実際、各地に残る日本時代の駐在所跡から一番多く「出土」するのは当時のビン類である。化粧品の容器まで出て来るという台湾側の報告を読んだことがあるが、こんな山中に婦女子までを同伴していたのかという驚きが報告の裏側にありそうだ。それぐらい現代人から見れば途方も無く山深い地まで理蕃道を開鑿したということである。
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posted by 玉山 at 01:54| Comment(3) | TrackBack(0) | 六龜特別警備道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月25日

六亀特別警備道(扇平古道)−2

Kodou-2.JPG【写真説明】六亀郷竹林の後方に聳える美[土/龍]山(標高1,385メートル)の頂上。竹林は高雄県有数の温泉地である宝来温泉の東側斜面上方にある村落、宝来温泉から直接上がる道路と小関山林道を辿る二つの方法がある。小関山は台湾百岳の一座、小関山林道の一部は嘗ての六亀警備道である。理蕃道上には原住民の蜂起を抑制する為に砲台が置かれるのが普通だった。美[土/龍]山付近にも嘗て砲台が置かれていたらしいが具体的な場所は判らない。但し、写真右側に位置する山林を分け入っていくと古道の遺構(簡単な石累)が僅かに残存しているのを確認出来た。
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2006年07月26日

六亀特別警備道(扇平古道)−3

Kodou-3.JPG【写真説明】網子山頂上=東海道第四十三宿「四日市」駐在所跡。広々とした跡地は山行者にとって絶好の休憩所を提供している。樹木はすべて戦後生い茂ったものである。写真右側奥に三角点がある。台湾の他の殆どの三角点がそうであるように網子山頂上の三角点も日本時代に埋め込まれたものである。ここでは写っていないが写真右後方には駐在所の遺構である低い石塁が取り巻いている。
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posted by 玉山 at 14:33| Comment(1) | TrackBack(0) | 六龜特別警備道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする