2019年04月06日

桶後越嶺古道−7

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【写真説明】古道として整備された起点(或いは終点)付近は種々建造物があったはずだが、今残っている写真はここに掲載した三枚のみ、吊橋を除いて撮影した対象(中央・右写真)が何であったか?皆目見当付かず。ここには日本時代の遺構と思えるような物もあり、そうであればカメラを向けたはずだが、復路を急いだと云う記憶も無いので、もう少し写真が残っていそうなものだ。手元の『台灣全覧』に依ると、この古道起点付近には以下の公共施設があることになっている。即ち;台湾電力保線所、苗圃管理員宿舎、林務局新竹林管理処烏来工作站招待所。日本時代、同地には「製脳会社仮泊所」があったことが、『烏来的山與人』(鄭安睎・許維真訳著、2009年10月出版、玉山社)に記載されている。「製脳」とは「樟脳」製造の事で、同書の記述から推察するに三井系の会社で、社員の宿泊施設があった。中央写真はその跡地か?右写真は保線所施設か?桶后渓の渓谷美を読者の方に存分に味わって貰おうと書き起こしたが、如何せん筆者の記憶が余りに乏しく、古道全線を走るようにして紹介するに留まってしまった。(終り)
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2019年04月13日

哈盆越嶺古道−1

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【写真説明】左写真は新北市烏来区福山村内で見掛けた「哈盆」と「阿玉」(前回投稿「桶後越嶺古道−5」で紹介済み)の記載がある看板。阿玉は同区孝義村の日本時代の旧名。但し、同看板に何故二つながら並んでいるのか?その由来は分からず。中央写真は村内に立つ観光用指導標。「福山植物園」の方向が古道入口である。左写真は同村内の福山1号橋の袂にある哈盆越嶺古道登山口付近の案内板。実際は卡拉莫基歩道の入口で同写真右奥に赤い鉄製の手摺が見えている。
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2019年04月20日

哈盆越嶺古道−2

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【写真説明】カラモチ歩道段の哈盆古道の景観を二枚選んだ(左・中央写真)。何故かこの段の古道脇の保護柵は黄色と緑の段々である。歩道上の指導標の材質も林務局のものとは異なる。恐らく福山村が自前で整理したのだろう。軈てカラモチ歩道と哈盆古道の分岐点に至る(右写真)が、前述したように歩道部分も古道である。指導標左側「福烏道路」とは福山村と烏来市街地を結ぶ幹線道路、西側古道起点、右側「哈盆露営地」とは林務局管理の古道東側起点、福山植物園の西側である。
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posted by 玉山 at 10:38| 台北 ☁| Comment(0) | 哈盆越嶺古道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする