2024年02月03日

美濃古道−16:「原旗山上水道」−2

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【写真説明】ここで前に戻り、前回筆者未踏査に付き紹介が不完全のままになっていた日本時代施工の上水道遺構を紹介する。当該地が市街地内にある為、T博士に撮影者としてご足労願った。前回の投稿の中に、遺構現場に立つ案内板全訳を織り込んだが、その案内文は、これもコメントしたように旗山地区が高雄県政府に属していた時期のものだ。今は、文化部文化資産局の管理下にあるサイトが恐らく最上位と思うが、水道施設関連の歴史情報に関しては、日本時代のものは手厚く扱われているのは、これも以前紹介したが、このウィキペディア台湾のリスト(「台灣日治時期水道設施」)を見ると良く分かる。旗山の当該指定古蹟に含まれるものは;表彰記念碑、引水道、阻水閘門及び階段、濾過・浄水池関連建築物である、と説明済だが遺構の中心を為す左・中央写真はどう見ても量水器室なのだが、台湾側でそういう説明に出会ったことが無い。ところでT博士は現地に二度出向いたのだが、「表彰記念碑」は未だ探し得ていない。(終り)
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2024年02月24日

『水の古道』旗山圳;第一幹線取水口

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【写真説明】当該灌漑水路の全体俯瞰図は既に以前の投稿記事の中で紹介済みだ。灌漑設備の殆どはコンクリート製の水路なので、読者の興味を引くのは極めて難しいと考えている。勢い踏査の熱心さも冷めがちだ。それで筆者の場合、頭とケツだけを押え踏査を都合よく端折る手段に出るわけだ。旗山圳を踏査した当時、第一幹線取水口(らしきもの)まで特定していたと云う記憶は疾うに飛んでいた。かと言って踏査地付近で筆者自身で撮影した写真を利用し踏査地を正確に特定するに、筆者の記憶力は余りにも雑だった。それでも意図不明の写真群とグーグル・マップを睨めつけながらやっと探し出した。グーグル・マップからの切り貼りも貼り付けてあるが、発見の正当性をバックアップするものだ。

先ずは特定した旗山圳第一幹線取水口付近と思われるグーグル・マップから起こした地勢図。各点線は赤=旗山圳第一幹線、黄=楠梓仙渓(同河川主流からの取水用引き込み線?)、茶=日本時代構築の堤防(「ストリート・ビュー」から切り取り、何故ここに堤防が必要だったのか?未調査)、水色矢印=取水口設備の一部と思われる。但し、日本時代興建かどうか?未調査。

ここに掲載した筆者自身撮影の写真は左から:堤防上から取水口システムの一部と考えられるコンクリート建造物をバナナ畑越しに見る:(中央)左写真の近影:(右)中央写真の近影、設備上に「旗山圳一幹線4號制水門」の表札あり。このようなケースで大変な作業はストーリー作りとそれに沿った写真の選択、今回の僅かな投稿記事を認めるのに膨大な時間を費やしている。。。(続く)
posted by 玉山 at 00:00| 台北 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 『水の古道』旗山圳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする