2008年09月13日

玉山古道(新高山歩道)−6

Kodou-268.JPG Kodou-269.JPG Kodou-270.JPG
【写真説明】左写真は省道18号線沿に残る「児玉駅」プラットフォーム。この上に立ち日の出に歓声を上げる遊楽客は多い。但し、嘗ての森林鉄道のプラットフォームであったことに気付く人は殆どいないと思う。中央写真は嘗ての「新高口駅」跡。往時を伝えるものは一切残っていない。登山口は同写真奥の道路標識が立っている部分。ここは同時に霞山林場支線と石水山林場支線の起点だった場所で、既に軌道は取り外されているが、右写真のような残骸が残る。

[阿里山森林鉄道と玉山登山]-2
前回記事で紹介した「児玉」は、第四代台湾総督児玉源太郎に因んだと謂われる地名で、現在はこの旧地名は無くなったが、現在の自忠山(標高2,606メートル)は登山愛好家には「児玉山」と呼ばれている。現在自忠と改名された場所には、派出所・護管所があり、それらの建物の道路を隔てて向かい側に旧児玉駅のプラットフォームが残っているが、それがプラットフォーム跡だと気付く観光客は少ないと思う。

又、派出所・護管所脇に「特富野古道」の案内板が立っているが、この場所は嘗て水山林場支線の起点で、今は支線の線路は外され全長約6キロの歩道として整備し直され、この辺りに居住していたツォウ族トフラ社に因んで古道名が付けられている。

更に、嘗ての新高口駅は今は観光客用の駐車場になっているが、何の標示も無いのでここが当時の最前線の登山口だったことを物語るものは一切残っていない。但し、同地は同時に霞山林場支線と石水山林場支線の起点だった為、両支線とも既に軌道は撤去されてはいるが、両支線の入口はちょっとした広場になっているので目印になる。ここからの新高山歩道は、戦後は玉山林道と名を変えて暫くは登山道として使われていたはずだが、今は入口すら判らない程に荒廃している。

このように、往時は旧阿里山駅からは複数の地域に林場線、更に支線と呼ばれる木材運搬用の軌道が延ばされていった。現在の阿里山から塔塔加ビジター・センターまでの省道18号線、即ち新中横は、タータカ林場線の軌道を外し自動車道化したもので、現在のビジター・センターは当時木材集材場だった場所だ。

台湾鉄道ファンの方の中には、台湾山間部に今でも残る日本時代に敷設された木材運搬用の旧軌道を丹念に調査していらっしゃる方もいるかと思うが、旧阿里山鉄道林場線、林場支線に関しては廃棄された軌道はどんどん外され姿を消しつつあるというのが私の印象である。>(メルマガ「台湾の声」2008年1月2日掲載分の一部を改編)次回へ続く...
posted by 玉山 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 玉山古道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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