2009年12月26日

関山越嶺古道−9

Kodou-456.JPG Kodou-467.JPG
【写真説明】左写真は向陽山大崩壊部上部から南横東段を俯瞰したもの。旧関山越警備道が中央山脈を跨ぐ核心部の俯瞰図ということになる。同写真左下に[土亜]口山荘、駐車場兼へリポート、[土亜]口派出所を含む広場が見える。この部分では現在の南横と旧警備道が重なるのはこの広場付近のみ。同写真右側の嶺が関山嶺山、それから写真中央部に写る最高点が関山、その間の稜線の最低部が旧警備道最高点、その点と上記広場を結ぶ線が旧警備道ルート、つまり、旧警備道は、白い帯となっている南横より山側(写真右側)拠りに開鑿された。右写真は[土亜]口山荘駐車場から仰いだ向陽山大崩壊部の片鱗。

[向陽山大崩壊と古道−1]
古道最高点の状態からも判るように、何等かの補修・保護の手が加わらない限り、嘗ての警備道をそのまま歩くのは最早困難な状況になっているのが現況だ。それでも僅かな部分は自動車道を離れず観察出来る場所がある。

西側から大関山トンネルを越え台東側に南横を下り始めるとすぐに正面に二条の滝を従えた大断崖がぱっくり口を開けている様が目に飛び込んでくる。向陽山大崩壊と称される特異地形で、南横、そして当時の警備道もこの崩壊部の裾に沿って走っている。南横がこの大断崖に行き当たる少し手前に[土亜]口山荘への入口があるので、その山荘の駐車場に車を停めてこの大断崖とそれに連なる稜線をゆっくり観賞することをお薦めする。

向陽山を目指して登る途中に、この崩壊部を真上から見下せる場所があり、林務局が案内板を設営しこの崩壊部の説明を提供している。前述の関山から向陽山に掛けての荒々しい稜線と大関山トンネルから真っ直ぐに延びて来て崩壊部下で大きくカーブする南横、そしてそのカーブする付近にある[土亜]口山荘、駐車場兼へリポート、[土亜]口派出所を含む広場が足下に望める。[土亜]口派出所は日本時代の渓頭駐在所を襲って設けられ、今は閉鎖されてしまったこの派出所の裏に廻ると当時の遺構が残っている。大関山トンネルの上部から、この派出所に向かい降りてきて南横に行き当たる線が当時の警備道で、南横と警備道との関係を勘弁に俯瞰出来る場所だ。>(メルマガ「台湾の声」2009年5月9日掲載分の一部を改編)次回へ続く...
posted by 玉山 at 00:00| 台北 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 関山越嶺古道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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