2011年01月01日

北坑渓古道−1

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【写真説明】2011年年頭、我々が目指すのは、台湾有数のスーパー林道司馬限林道を辿り雪覇国家公園内雪見森林遊楽区の入口付近の「二本松」である。日本時代からの地名がそのまま残る。記事タイトルの北坑渓古道の南側入口に当たる。司馬限林道へは、苗栗県大湖郷と泰安郷の郷堺に検問所を持つ苗栗県郷道61号線経由で入る。左写真二枚は検問所付近の様子、右写真二枚は、司馬限林道途中の指導標。

明けましておめでとうございます。本ブログも足掛け六年目に入りました。

ブログをスタートさせたのが2006年7月で、それから一年程後の2007年9月からは仕事場が大陸蘇州に移り、その後は記事自体は大陸でアップしてきました。2006年以前に歩いていた部分をすべて記事にし切れていない部分もありますし、又、大陸で口に糊する間も台湾山中を跋扈する機会はその多寡は別にしてともかく確保してきたので、ブログのネタに欠くことはありませんが、今後どう終結させようかとそろそろ考え始めています。

悩みは古道歩きの為のまとまった時間、例えば一週間丸々とか、が取れないことで、何時も駆け足状態。同時に、急速に衰えていくであろう体力とも競争をしなければなりません。

今年も本ブログをご愛顧の程、何卒宜しくお願い致します。[新年の挨拶終わり]


挑塩古道−1」の記事中、(3)の山岳地帯は日本統治時代はタイヤル族と台湾総督府の抗争の激しかった地域に当たるので、今でも当時の警備道(「理蕃道」)がかなり広範囲に残っている。北坑渓古道はその中でも代表的なもので、台湾を代表する古道の一つでもある。

以前このブログでも紹介した霞喀羅古道(石鹿古道)の南側に位置し、南北に伸びる現在古道として整備されている総延長は30キロ強ある。北端は雪覇国家公園観霧森林遊楽区、南端は同雪見森林遊楽区結び、この間日本時代の駐在所遺構が八箇所ある。

林務局が台湾古道修復・整備のモデル・コースとして霞喀羅古道と北坑渓古道を選び整備を完了させたのだが、その後台風で崩壊する箇所が続出、現在は残念ながら立ち入り禁止になっている。

もともと上級者コースの上、私自身も立ち入り禁止になった後、入口から数キロ歩いて様子を伺った程度、実際、北坑渓古道は種々の意味で奥が深い。従って、今回はこの古道沿線を真の意味で紹介するものではなく、入口辺りでお茶を濁そうという魂胆である。何時かは全線踏査したいとは考えているのだが。

尚、雪見森林遊楽区の方は雪覇国家公園内の第三番目の遊楽区として2008年1月に一般に開放されたばかりだ。観霧、雪見両森林遊楽区とも標高が約2,000メートルある。

付記しておくが、実は北坑渓古道を紹介するのは初めてではない。以前、本古道の出入口すら確認したことがなかった時代に、「霞喀羅古道−11:北坑渓古道」というタイトルで一本記事を書いている。参考にして欲しい。霞喀羅古道と北坑渓古道との関係が判ると思う。更に、もう一本、「霞喀羅古道−12:横龍古道」も参照していただけたら有難い。これら三本はもともと繋がっていた旧警備道だからだ。>(メルマガ「台湾の声」2009年1月12日掲載分『苗栗県の古道』の一部を改編)次回へ続く...
posted by 玉山 at 00:00| 台北 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 北坑渓古道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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