2011年01月08日

北坑渓古道−2

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【写真説明】丸田砲台入口ゲートの脇には廃棄された民家がある。最初はここら辺りが二本松駐在所跡ではないかと考えていたのだが、このゲートから暫く入った先に設えられたブログ本文記事にある「丸田砲台文史紀念館」がその跡地だという説明を見たことがある。左写真は砲台跡へのゲート。右二枚はそのゲート脇に残る民家と民家の住所を示すプレート。

現在の北坑渓古道の南側入口は雪見森林遊楽区へ到る舗装された司馬限林道脇にあるが、一帯の地名は「二本松」と呼ばれている。二本松藩、或いは二本松県に由来したものかどうかは判らない。単に二本の松の大木があったからかもしれない。雪見もそうだが、二本松も日本人が設置した駐在所に付けられた名前だ。現在の北坑渓古道を含む当時の原住民警備道は司馬限林道沿いに山を下り当時の蕃界の西側境界線、即ち現在の省道13号線沿いにある台湾有数の苺の町、大湖郷大湖まで延びていた。

今この二本松駐在所跡には「丸田砲台文史紀念館」(兼展望台+トイレ)の木造の瀟洒な建造物が建てられており、砲台までの1キロ程度の歩道が整備されている。雪見森林遊楽区を整備するに当たり、同時に整備された歩道だが、嘗ての砲台戦備道、立派な古道だ。

歩道沿いには主に植生を説明する案内板が多く設えてあるが、嘗て砲台があった場所には、砲台の由来と付近の遺構を説明した写真・図版付き中国語+日本語+英語による贅沢な案内板もある。

又、当時作られた塹壕もそのまま残っており、砲台設置から100年になろうとしているので、驚く。それだけ開発の手が入らぬ程に山深いことの証だ。>(メルマガ「台湾の声」2009年1月12日掲載分『苗栗県の古道』の一部を改編)次回へ続く...
posted by 玉山 at 08:22| 台北 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | 北坑渓古道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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