2011年12月17日

合歓山越嶺古道−19(文山歩道)

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【写真説明】左写真は、嘗ての合歓越道路支線、今は文山歩道と呼ばれる段の北側出入口に掛かる吊橋、タッキリ渓の支流の一つ、トウサイ渓上に掛かり、文山温泉(旧深水温泉)を見下ろせる。中央写真はその北側入口に据えられた立ち入り禁止の警告板。同内容の警告板が同歩道南側入口にもある。右写真は緑水側から同歩道に侵入し暫く進んだ場所で見掛けた村落遺跡と思しき石垣。もしそうであれば嘗てのドヨン社のものか?

文山歩道は、「合歓山越嶺古道−19」で紹介した「緑水合流歩道」から連続した歩道であり、且つ旧警備道であるが、一般には余り紹介されない。しかも、私が訪ねた約一年半前は台風の為に途中が崩壊しており立ち入り禁止だった。これでますます遊楽客から疎遠な存在になりつつある。現地の案内板には全長5.5キロ、歩行時間4〜5時間と記されている。入園・入山証を取得する必要のない緑水合流歩道の続きだから、文山歩道を辿るのも同様だと考えて良い。

緑水合流歩道が錐麓断崖道路の延長であるように、文山歩道も同様であるが、前者がタッキリ渓に沿って開鑿された合歓越道路主線の一部であるのに対し、後者は、緑水の西隣、天祥付近のタッキリ渓本流に北側から流れ込むトウサイ渓(現代台湾表記は陶塞渓)沿いに遡上する、謂わば、合歓越道路支線である。但し、中横の方は、一旦トウサイ渓沿いに遡り、やがて「合歓山越嶺古道−11」で紹介してきた豁然亭に出てきて再度タッキリ渓谷に向き合う。

緑水合流歩道の緑水側出入口は、タロコ渓谷内では天祥に継ぐ規模のサービス・エリアであり、その施設の中心は嘗ては「緑水地質景観展示館」だった。実は、緑水合流歩道自体が同展示館のフィールド部を担っていたのだが、この種の展示館は余程教養豊かな遊楽客以外には人気が無いのか?今は「国家公園登山学校」に模様替えしている。同出入口奥でそのまま文山歩道に引き継がれる。

この文山歩道をそのまま進むと、最後は、トウサイ渓に掛かる無粋な吊橋に出る。天祥から中横が登りに掛かり出す場所に泰山トンネルがあり、そのトンネルは途中で一箇所分断されて空が見えるが、そこがこの吊橋の入口、つまり文山歩道の出入口で、文山温泉の僅かばかりトウサイ渓上流に掛かっている。つまり、文山温泉こと、日本時代の深水温泉はトウサイ渓中にある温泉である。この温泉については次回もう少し稿を追加する。

さて、立ち入り禁止の警告板は、緑水側、文山側のどちらも歩道真ん中を塞いでいた。加えて夕方が迫っていた。緑水側から入れるだけ入ってみようと小走りで約二キロぐらい入ってみたが、警告板が立つ理由になっている箇所までは行き着けなかった。当時、同歩道に相当する部分には嘗て、ドヨン社、北マヘヤン社、イボホ社の三社が存在した。(終わり)
posted by 玉山 at 00:00| 台北 🌁| Comment(3) | TrackBack(0) | 合歓山越嶺古道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
ときどき拝見しています。驚くべきウェブサイトだと思っています。有難うございます。日経ギャラリーの記事も、プリントして楽しみました。合歓山越嶺古道は、訪れたことのある有名観光地とも関係があり、身近に感じています。
 ドイツ留学中に、台湾人研究者と友人になり、今も交流が続いています。ときどき、留学先をアジアにすべきだったと思うことがあります。
 蘇州へ移られたのですね。ただ、台湾へ戻りたいというお気持ちなのでしょうか。
 どうぞお元気で。
Posted by 江口 at 2012年04月09日 08:40
江口様;

コメントいただきありがとうございました。

2007年9月から仕事場が蘇州に移りましたので、実はこのブログの殆どは蘇州で書かれたものです。それまでの古道探索の蓄積もありましたが、その後も出来るだけ時間を見付けて探索は続けています。

最近は台湾唯一の本格登山誌「台湾山岳」(隔月刊)にも毎号古道が紹介されるようになりましたが、それを見ていると、私がこれまで探訪した部分はほんの一握りに過ぎないことを思い知らされ、悔しい思いをするやら、新たに闘志が掻き立てられたり。

今後ともご愛顧賜りますよう宜しくお願い申し上げます。(了)
Posted by 西豊穣 at 2012年04月09日 09:36
今日、文山歩道に行ってきました。緑水の方から入りました。ただの歩道だと思い気まぐれに入ってしまったのが大間違い。思いのほか高低差があり補助用の鎖などが岩に打ち込まれている所もあったりと私が想像していた歩道とはかけ離れており驚きながら歩きました。
歩道入口の案内板に「○○部落」とありましたので、きっと人が住んでいる集落があるんだろうとワクワクしながら歩いていましたが、実際は「○○部落跡」でしたね(笑)
途中誰とも会わなかったので少し怖かったです。
いろいろ勘違いをしながらの散歩でしたが楽しかったです。

そうそう、立ち入り禁止の看板は緑水の方はなくなってました。緑水の反対の口にはありましたが脇に寄せられていましたので現在は歩いて問題無さそうです。
Posted by 徳応 at 2014年01月16日 04:20
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