2012年02月04日

合歓山越嶺古道−26(梅園竹村歩道−5)

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【写真説明】[梅園-1] 梅園竹村歩道と蓮花池歩道の分岐から大崩壊部を経て次のマイルストーンは梅園、この間約3キロの距離だ。大崩壊部を抜けてからはそれまでとは多少景観が変化する。上掲左写真は梅園付近から梅園竹村歩道入口方向を振り返ったもの。歩道の両側には嘗ては瑞々しい畑が散開していたと思うのだが、今は、投げやり的な調子で所々明らかに人の手になる作物が栽培されている。同中央写真は唐辛子が栽培されている様子。

上掲右写真は、梅園に至る以前に歩道上から梅園とその部落が河岸段丘上に立地していること切り撮ったものだが、数戸しか存在しないので判り難い。写真中央の少し下の樹林から覗く白い物体がそれである。その部落は、歩道から歩道終点進行方向に向かい右側、つまりトウサイ渓側に500メートル程度下った場所にある。部落が存在する河岸段丘と同写真奥に写る崩壊部との間にはトウサイ渓がうねる。下掲写真は梅園竹村歩道上にある梅園への道標。

梅園は日本時代は「山里社」と呼ばれていたのだが、その部落名の由来は判らない。今は、歩道終点の竹村を上梅園と通称するのに対し、旧山里社の地を下梅園と通称している。但し、正式な行政区域名はまた異なる。これは次回の記事で紹介する予定だ。(続く)


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posted by 玉山 at 00:00| 台北 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 合歓山越嶺古道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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