2012年08月04日

ルカイ族秘道−3:コツアボアン社(旧好茶)

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【写真説明】右写真は、井歩山−シャデル山間鞍部にあるシャデル社−コツアボン社間間道入口、2004年10月撮影。中央写真は同入口、2008年5月撮影。右写真は、同地点、シャデル山登山口にある登山路標、「霞迭爾山」の表示が見える。

井歩山とシャデル山(霞迭爾山)稜線間の最低鞍部に達するとそこは三叉路になっている。阿礼集落を背にして右手に井歩山への登山道、左手は二手に分かれ、手前がシャデル山への登山道、奥がコツアボアン社へ降りる間道である。井歩山目指して初めてこの三叉路に辿り着いた時は、その右手に延びているはずの登山道に気付かず、シャデル山への道を暫く辿るという失態を犯した。それでも最近歩かれた気配の無いコツアボアン社への間道だけはすぐにその入口が判った。これは二回目に間道踏査を目的で同地に辿り着いた時も同じで、間道入口は明瞭だった。

間道の踏み跡が何処まで明瞭なのか全く自信が無かったので、判らなくなれば引き返してくるだけと覚悟して進入した。私は、鞍部から落差約300メートルぐらい下れば、コツアボアン社に辿り着くであろうと考え、文字通り駆け下りるようにして歩を進めた。ところが行けども行けどもそれらしき場所に到達せず、次第に焦りが大きくなる。私の悪い癖が出始めた。同行者の体力、歩行速度にお構いなく、押し黙り速足で闇雲に前進する。但し、自分なりに目標を立てている―例えば、後三十分歩行し、目的地まで辿り着けそうな気配が出て来なければ引き換えそう。通常はその目標を何度何度もも更新する。同行者の一人は、かの内本鹿踏査22日間入山の偉業を成し遂げた東京在住のOさんである。往路、復路とも全くペースを乱さず歩き切られのだ。私は口にこそ出さなかったが、一切の事前予告無しに斯様な場所に引率してきたことを誠に申し訳なく思った。

やがて遥か下に住居群らしきものが見えて来た。但し、それがその日の目的地である国家第二級古蹟のコツアボアン社、その四年程前に、自身、移遷した先の好茶集落から入山し辿り着いた同じ場所だとは信じ難かった、というより信じたくなかった。それ程、下方にあったからだ。落差300メートルというのは樹林帯の中の登山道であれば、登り一時間が目安である。日本で山に登っていた当時は山行中、まめに記録を採っておいた。台湾で山登りを始めてからそういうことを一切しなくなった。撮影時間をデータとして残せるデジカメがあるからだ。当時撮影した復路の写真データから推測するに約2時間半、ひたすら下りに下った。恐ろしく間延びした300メートル。。。

私は、当時漠然と300メートルと考えていたわけではなく、事前に何らかの情報を仕入れていたらしかった。前回の記事を書くに当り起こしたダイヤグラムを描きながら「再」発見したことは、阿礼部落と旧好茶部落との標高差が約300メートルということだ。当時、この数字は既に私の拙い脳にインプットされていたらしい。しかし、鞍部から下り出した後もすっかり抜け落ちていたらしいのは、乗り越して来た鞍部そのものの標高である。鞍部とコツアボアン社の落差は実に900メートル近い!

待てよ、もしこの落差を事前に知っていれば果たして、この二つのルカイ古部落間を日帰りで往復する暴挙など考え出しただろうか?まあ、言い方は変だが、何はともあれ、実際往復し当初のミッションは完遂したので、ラッキーだったと言うしかない。復路をじっと我慢しながら登り返しつつ、もう二度と此処に来ることはあるまいと確信していた。

ところで、この記事を書きつつ、シャデルーコツアボアン古道探訪の案内、記録を目に付くものは片端から閲覧していて気付いたのだが、井歩山−シャデル山間鞍部からコツアボアン社までの下りの時間は実に色々あることだ。私が目にしたのは、1時間、2時間、2時間半、3時間半〜4時間半、ざっとこんなものだ。私は、実は、この1時間なる山行記録を事前に見ていた可能性もある。

復路の途に着いたのは午後2時過ぎ。さすがに旧好茶に起居する人はびっくりし、阿礼に着く頃は真っ暗だろうからと懐中電灯を持たせてくれた。その女性は時々高雄市に出向くことがあるということで、高雄市内のある住所を教えてくれた。が、その住所は見つけ出せなかった。つまり、その懐中電灯はそのままになっている。結局、鞍部に戻り着いたのが5時、6時には阿礼に帰還、往路同様速攻そのもの、その懐中電灯のお世話にならずに済んだのだが。

下掲二枚の写真は復路途中で撮影したもの。左側写真の中央部やや上に五つの白い点が見えるのが、コツアボアン社住居群。右写真は左側撮影地点より更に上部で小さな沢と交わる部分で休憩には最適。間道往路は全く写真が残っていない。当時、如何に精神的な余裕が無かったかが判る。(続く)

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posted by 玉山 at 00:00| 台北 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ルカイ族秘道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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