2013年01月05日

パイワン族秘道−64:カサギザン社(現屏東県瑪家郷佳義村)−2

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【写真説明】右写真はカサギザン教育所と運動場跡。中央写真は運動場脇に残る日本時代のコンクリート遺構、使途不明。右写真は登山道脇に残る国旗掲揚台と「國語碑」、登山道は國語碑の右側を通っており、その左側に嘗て教育所、右側奥に駐在所があった。下掲左写真は「國語碑」の拡大、右写真は登山口付近を登山道側から望んだもので、既に旧カサギザン社跡地になる。

明けましておめでとうございます。今年も本ブログを引き続きご贔屓賜りますよう何卒宜しくお願い致します。本ブログは足掛け八年目に入りました。何事もまずは十年はやってみるべきと申しますのでもう少しです。

カサギザン社跡で最も印象に残ったのは登山道脇に筍のようににょきっと生えるようにして置かれている「國語碑」だった。これが何物か?は皆目見当が付かなかったので、監事のYさんを通じ、「台湾原住民族との交流会」会員の方々へ問い合わせを出すことにした。以下は全文である。結局、回答を貰えなかった。現地にはこれまで二回足を運び、当該碑の立てられている位置は、蕃童教育所のあった場所であることを確認、紀元節に建立されていることから、蕃地日本語教育顕彰碑ぐらいの意味かもしれない。「恒春卑南古道(阿朗伊古道)−11」で紹介した「恒春国語伝習所猪労束分教所之跡碑」に通じるものがある:

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最近、屏東県瑪家郷佳義村を訪ねる機会がありました。同村は日本時代にカサギザン社と呼ばれていたパイワン族集落の移遷先です。実際の目的は現集落の後方に控える標高600メートル強、頂上まで一時間程度の笠頂山に登ることでした。高雄市市街地からですと、高速道路を利用すればこの山の登山口には一時間程度で立てます。

私自身の笠頂山登山以前に二つの予備知識がありました。佳義村から笠頂山へは三本の登山ルートがあり、その内、真ん中の頂上へ直登するコース途中にカサギザン社旧社跡があること、笠頂山は屏東地区では最も人気のある登山コースで、週末は愚か平日も登山口に連なる産業道路には登山者の車が並ぶということでした。

私が出掛けたのは月曜日の早朝、佳義村の小学校、派出所の横を抜けそのまま産業道路を暫く辿ると、その舗装された産業道路のどん突きが登山口になっており、同時にカサギザン社旧社入口になっていることに驚きました。それと、車の列は評判通り形成されつつありました。登山口には「登山口」の表示の替わりに、このパイワン族旧社の嘗ての全戸位置図が掲げられており、その中には駐在所、教育所、神社等の公共施設も記載されていました。当時の戸数が134戸と記載されていますから、大社の部類に入ると思います。通常は原住民集落の廃棄された旧社というのは草深い山奥にあり一般の人々の目には触れにくいのですが、カサギザン旧社は台湾原住民族の旧社跡としては、恐らく最も一般の人々の目に晒される機会が多いのではないかと思い至りました。しかもその入口まで一般の乗用車で乗り付けられる。。。そのことにまず驚いたのです。

その旧社跡で見付けたのが添付写真の「國語碑」です。見付けたと書けば恰も「発見」したような印象を与えてしまいますが、実際は登山道脇に佇んでおり、その傍にはこれも日本時代の遺構である国旗掲揚台がありました。さて、「國語」とは明らかに日本語のことです。この碑の裏側には「皇紀二千六百年記念」と刻まれています。皇紀2600年は昭和15年(1940年)、カサギザン社が今回私が訪ねた旧社跡に移遷してきたのは、大正10年(1921年)です。一体この碑は何なのでしょうか?

余談ですが、笠頂山について。台湾のサイトでは、山容が笠に似ているからという紹介がよく為されていますが、どうも怪しいです。同時に、「笠頂山、又は笠置山」という紹介もよく目にします。その紹介の中に、日本時代は同山は「笠置山」と呼ばれたというのもあります。私の手元の日本時代の地形図の表記はカタカナ表記ですが。「かさぎざん」或いは「カサギザン」とタイプし漢字変換すると一発で「笠置山」が出て来ます。日本には幾つか笠置山が存在しますが、京都府のそれが最も人口に膾炙しているかもしれません。最初に「どうも怪しい」と書きましたが、何故かと言うと、笠頂山の「笠」は、明らかにカサギザン社の「カサ」の日本語漢音として充てられているからです。以上から推察するに、日本時代、「笠置山」と呼ばれていた可能性は高いと思われます。「カサギ」は湯桶(ゆ・とう)読み、私のブログでも以前紹介したことがありますが、パイワン族旧社名カタカナ表記の日本語漢音表記が山名として現代台湾でもそのまま引き継がれている例は、タナシウ社−棚集山、バタエン社−旗塩山等があります。
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(続く)


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posted by 玉山 at 00:00| 台北 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | パイワン族秘道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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