2013年01月26日

パイワン族秘道−67:マカザヤザヤ社(現屏東県瑪家郷瑪家村)

Kodou-1042.jpg Kodou-1043.jpg Kodou-1044.jpg
【写真説明】左写真は真笠山に立つ表示板、「台糖屏副登山社立」と読める。左二枚は三角点(日本時代)と「屏東渓水源」基点(戦後)。この2005年に撮影した写真を見ていてびっくりしたのは、当時は真笠山だけを目指したのではなく、まず笠頂山に登ってから真笠山を目指している。笠頂山は昨年初めて登ったものだと思い込んでいた。当時両頂上間を歩くのに二時間弱を費やしている。土砂降りに近い降られようだったのを記憶している。

今回の記事は、新たにアップした「パイワン族秘道俯瞰図-[9]」を参照しながら閲覧いただくことをお薦めする。

カサギザン社紹介の補完的な意味で、もう一つ同じ瑪家郷内のパイワン族との関係からは核心地であった瑪家村の紹介を付け加えることにした。とは謂っても、瑪家村そのものではなく、またまた山のことである。佳義村―カサギザン社―笠頂(笠置)山に対する瑪家村―マカザヤザヤ社―真笠山の関係である。どちらの関係も昨年カサギザン=笠置(笠頂)の音訳に気付くまで、全く無知だった。それに気付いた後で、笠置山には登ったのだが、真笠山には其の遥か以前に登ぼっている。確か「笠」の付く山に登ったことがあるが、それが笠頂なのか、真笠だったのか?最近まで混乱していたのだ。

瑪家村に関しては約半年前に、「パイワン族秘道−60:下パイワン社(排湾、筏湾)」にて、かなり詳しい地理的な説明を施している。復習の意味でその一部を抜粋する:

(引用1)瑪家郷は、現在、瑪家、北葉、涼山、佳義、排湾(筏湾)、三和の六村から成り、北は三地門郷と霧台郷、南は泰武郷と接する。同郷は前述したようにブツル系パイワン族の最北の居住地ということになる。

(引用2)瑪家村を除く他の五村は、北は三地門と南は枋寮を結ぶ中央山脈西側山裾に沿って走る屏東県県道185号線(通称「沿山公路」)沿線の平地に移遷してきている。未だ山中に居住し続ける瑪家村は台風の度ごとに水害で孤立してしまうのが常で、その内、平地への移遷が検討され始めるかもしれない。いや、実は、2009年のモーラコット台風以降、災害復旧プロジェクトの一環として損害の大きかった原住民部落の村落移転は計画、実行に移されており、瑪家村は、霧台郷好茶村と三地門郷大社村と共に、同郷北葉村の瑪家農場(台湾製糖所有)に建設された「永久屋基地」を「礼納里(Rinari)部落」と命名し、2011年春に移転が完了している。

(引用3)瑪家村(括弧内は現代台湾表記)は、マカザヤザヤ社(瑪家)、パイルス社(白露)、タラバコン社(崑山)から成り、既に中国北宋の時代から存在したと「台湾原住民族資訊資源網」に紹介がある。これら三社は日本時代の地形図にも明記があり、カタカタ表記はそれに拠った。パイルス社は日本時代は上パイルス社とも呼ばれ、既に本ブログで紹介済みの来義郷のパイルス社(白鷺)を下パイルスと呼び区別していたようだ。

瑪家村と佳義村の地理的な位置関係は、北から順に笠置山(標高659メートル)−真笠山(同1,166メートル)−白賓山(同809メートル)を結ぶ山稜の西側即ち沿山公路側に佳義村、東側山中に瑪家村があるのだが、上述した通り、モーラコット台風以降、瑪家村も沿山公路沿いに降ろされてしまった。

瑪家郷付近のハイカーに良く登られている、北大武山に繋がる稜線上の中低級山山名の出自を整理すると以下の通りになる。白賓山はどうも怪しいが、残りは明々白々だ。最後の二つはこの記事を書くに当り「新発見」したものだ。特に日湯真山は自身登山歴があり、且つ本ブログで「パイワン族秘道−8:ピュウマ社」で記事にしているにも拘わらず、今の今まで気付かなかった。いずれにしても、現在の山名を北京語発音しても訳の判らない音になってしまう:

*佳義村―カサギザン社―笠頂(笠置)山―「かさぎ」
*瑪家(瑪家村)―マカザヤザヤ社―真笠山―「まがさ」
*白露(瑪家村)―パイルス社―白賓山―「はく(ぱい)ひん」
*崑山(瑪家村)―タラバコン社―鱈葉根山―「たらばこん」
*平和村(泰武郷)―ピュマ社―日湯真山―「ひゆま」

下掲左写真は真笠山頂上から北東方面を望んだもの。上掲写真と同日に撮影。同写真中央上の尖峰は井歩山(2,066メートル)、それに続く稜線の雲に隠れた部分に霧頭山(2,736メートル)が覗く。更に写真右方向に辿れば北大武山(3,092メートル)である。右写真は日湯真山(1,702メートル)頂上から北西方向を俯瞰、同写真奥の最高峰が鱈葉根山(1,556メートル)。2002年撮影。(終り)


Kodou-1045.jpg Kodou-1046.jpg
ラベル:台湾 台湾古道
posted by 玉山 at 00:00| 台北 🌁| Comment(1) | TrackBack(0) | パイワン族秘道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
瑪家郷の嘗ての集落の名前と山の名前の関係、気持ち良い位よくわかりますね。

台湾の地名の変遷はその歴史を著わしてとてもおもしろいと思います。ただ、現在の原住民族居住地域を見ると、漢民族文化由来の押しつけがましい地名でそぐわない印象のものもあるし、原住民族言語由来のものであっても漢字を使うので発音に違和感があったり寸足らずだったりします。現在の子供たちがそんな事を知らずに成長するのは残念な気がします。人ごとながら…。
Posted by メイウェンティ at 2013年01月26日 13:30
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック