2013年03月16日

苗栗獅山古道−1

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【写真説明】左写真は台湾のライオン山の総元締め、苗栗獅頭山の核心、勧化堂の眼を射るような甍の波。右写真は、同山中の獅山古道北側(獅尾側)入口から暫く辿った場所で見掛けた大分草臥れた道標、2012年4月撮影。

新北市新店区のライオン山に続き、苗栗県三湾・南庄郷界に位置するライオン山を紹介する。後者は台湾で最も人口に膾炙したライオン山だと思うのだが、表記は慣例的に「獅頭山」である。何故台湾で最も知られているかと云うと、北の獅頭山、南の佛光山(高雄市)と並称される台湾を代表する仏門の聖地だからだ。獅頭山を南北に縦断する古道は、しかし、「獅山古道」と呼ばれることを最初に断っておく。

但し、聖地としての隆盛は実は両者は比較の対象には成り得ない。獅頭山山麓に点在する仏教+儒教+道教寺院の規模は、文字通り日本を含む全世界に別院を展開させている台湾一の仏教コングロマリットである佛光山のビジネスの規模の前には余りにも慎ましやかだ。高雄市高樹区内の佛光山総本山は、仏門の聖地と云うより一大レジャーランドという様相を呈している。私はもう十年以上も前に一度立ち寄ったことがある切りだが、その後の拡張振りは多分想像を絶するものがあろう。

開山という単語が適当かどうかは判らないが、佛光山は非常に新しく1967年であるのに対し、獅頭山は明治28年(1895年)、日本統治時代の開山、但し、私自身そこに脚を踏み入れた折は、この知識は無かった。

獅頭山の寺院群は以前から写真で見ていたのだが、そこに写る私には有りとあらゆるごちゃまぜにしか見えない数教混淆の、台湾独特の天を叩くような勢いで反り返った強烈なオレンジ色の屋根瓦の波は見慣れたもので、注して興味を引かれたわけではなく、最近まで近辺を通過することがあってもやり過ごしていた。

昨年(2012年)春、野生の一葉蘭を目指し、苗栗県南庄・泰安境界に座す加里山(台湾小百岳、標高2,210メートル)に登るべく、同県鹿場村を訪ねた。登山すべき翌朝は昨日来の雨模様、宿のおばさんに必ず晴れるからと送り出されたのは良いが、登山口に至る道路上を落石が塞いでいるのに行き遇った。どう転んでも車は通過出来ない。昨夜来の大雨の仕業だった。加里山登山はすっかり諦めが付いたのはよいが、大いに時間が余ることになった。

急ぎ付近の地図を眺め回すと、獅頭山風景区の中心たる獅頭山域内に「古道」の記載を見付けた。どのような由来の古道かは知らぬが、加里山を逃した穴埋めには物足りないのは已む無し、但し、古道を歩く序に獅頭山にも登って憂さを晴らそう。。。以上が動機である。

実際その古道を歩き出し、その偶然の幸運に涙しそうになった下りは次回以降の記事に譲ることにして、獅頭山風景区について少しだけ述べて、第一回目の記事を終えることにする。

前述したように台湾小百岳の一座、標高492メートルの獅頭山は苗栗県三湾郷と南庄郷に跨っているのだが、獅頭山風景区の広がりはもっと大きく、新竹県峨眉郷、北埔郷、竹東鎮にまで及んでいる。更に、獅頭山風景区は、八卦山(彰化県)、梨山(台中市)の両風景区と併せ、今は参山国家風景区を形成しているのだが、何故こうも掛け離れた地域を一括りにしてしまったのかは、とんと見当が付かない。因みに、「参」はそのまま「三」である。

ところで「偶然の幸運」の一つは、当時は、獅頭山が台湾小百岳の一座という知識が無かった。台湾小百岳たる加里山を逸し、気にも留めていなかった低山で穴埋めせざるを得ない不運に悔しい思いをしていたのだが、標高こそ大いに違え、立派な別座の台湾小百岳で辻褄合わせが実現したのだ。他愛も無い一ハイカーの自己満足である。(続く)
posted by 玉山 at 00:00| 台北 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 苗栗獅山古道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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