2014年03月22日

淡蘭古道−17

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【写真説明】短い跑馬古道北段(上段)は散策する人は少ない。左写真は北段風景、写真に写るように全段木製階段が設けられており、降り切った場所はアスファルトの産業道路と交差、この舗装道路を辿ると南段(下段)の最上段に至る。他方、市街地内に出入口を持つ南段は賑やかだ。中央写真は南段の正式出入口の様子。右写真は、やっと探し出した日本時代の駐在所跡地と思しき場所に残る建造物の残骸、実は当初跑馬古道を探訪する気になったのはこの場所を探しあ当てる為。しかし今でも駐在所名は判らず。本文記事下掲載の二枚は、南段中にある信仰色豊かな休憩所二箇所。

<跑馬古道>−2
北宜古道、並びに明治32年完工の北宜道路と現在の北宜公路と唯一相違する部分が跑馬古道の段である。つまり、跑馬古道は北宜古道の唯一の生き残り部分である。最高点である石牌から頭城方面へ、所謂「九彎十八拐」(「拐」はこの場合曲がるの意)と呼ばれる大掛かりな九十九折(つづらおり)を経て真っ直ぐ東進、太平洋岸に降りていくのが、現在の北宜公路だ。

他方、北宜古道、並びに日本時代初期の北宜道路は、石牌から南下しながら現在台湾有数の温泉街の一つである礁渓に降りていた。九彎十八拐の段は、大東亜戦争末期に開鑿、戦後台湾でもモータリゼーション時代に入ると、当該段での交通死亡事故が多発、一昔前までは、ここを車で走る台湾人は、悪霊祓いの為の紙を撒きながら走っていたそうだ。その後拡張工事を繰り返した為、今では極めて安全に走行出来るようになっている。(>(メルマガ「台湾の声」2012年12月31日掲載分の一部を改編)(続く)


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posted by 玉山 at 21:53| 台北 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 淡蘭古道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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