2017年02月25日

安通越嶺古道−11

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【写真説明】花蓮県玉里鎮楽合里、アミ族の部落入口に立つアミ族のモニュメント。同写真後方に移る家並みがハロウワン部落。中央写真は同部落内南側に残る鳥居、そこを潜り緩やかな坂道を登ると右写真の碑があり、その後方の高台が嘗ての神社境内で今は公園になっている。下掲載は左右の灯篭。

安通越嶺古道の記事を書きながら、一つ気になっていたが、書かず仕舞になっていた場所がある。骨太の石造鳥居がアミ族部落の中に完全に残っている。。。安通村そのものだったか、或いは、その近辺のアミ族の村だったか?加えて何時訪ねたか?

前回までの磯崎越嶺古道の記事を起こすに当たり、約二年余前に撮影した当時の写真を見ていたら、光復郷富田、アミ族タバロン社を後にし、約二時間後に撮影した写真に俄かには記憶が戻らない一連の神社遺構が入っている。「哈拉湾神社」と刻まれた石碑の写真を見てもピンと来ない。ネットでこの神社名を検索すると直ぐに出て来た。安通村北側、玉里市街地と秀姑巒渓を挟み東側に位置する楽合村(ローマ字発音表記:Halawan)にある。ここでやっと合点が行ったのは、当日富田を後にした後、花東縦谷を南下、玉里まで戻り返していたことだ。その日の午後遅く、楽合村を訪ねていることを確認した次第。

安通越嶺古道の西側起点が、以前の投稿記事で記述したように、玉里市街地だとすれば、楽合村は嘗てその沿線上にあったと言えるので、今回同古道のカテゴリーに加えることにした。

日本時代の地形図を見ると現在の楽合は「下[月/勞] 湾」の表記で「ハロウワン」と読ませている。ネット内の情報では、日本時代は「落合」(これをオチアイと発音していたかどうか不明)と改名、戦後楽合に戻したとある。(終り)

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posted by 玉山 at 00:00| 台北 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 安通越嶺古道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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