2018年06月16日

出磺坑古道(法雲寺古道)−2

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【写真説明】左写真は出磺坑古道即ち陸軍歩道北側入口に立つ案内板。ネット上の紹介では全長1.8キロメートル、中油南側の山と山との鞍部を乗り越して法雲禅寺まで下る山道が古道、陸軍歩道に相当する。中央写真は旧越嶺道の原型を留めていると思われる段。この段を登り切ると、越嶺部に掛かろうとする場所に胡天宮と云う廟があり、当日は樹木の伐採作業をやっていた。

上掲の「陸軍歩道」案内板の説明弊訳は以下の通り:

「土地の古老の話に依ると、清朝末期にこの歩道は開鑿された。当時は省道6号線(北:苗栗県龍港鎮龍港-南:同大湖郷温泉口)は存在しなかったので、福基−汶水(共に同公館郷)間を往来する居住人や商人は後龍渓の河床を利用していたが、増水する季節は河床が消えてしまうので相当な不便を強いられていた。そこで、現在の出磺坑城隍廟脇から山越の道路が開鑿され、法雲寺を経て下山、水尾、大湖(共に同大湖郷)まで至った。民国三十八年(1949年)に国民政府が来台、行軍訓練にこの歩道が利用されていた為に、陸軍歩道と呼ばれるようになった。胡天宮(歩道の越嶺部)まで上がり、後龍渓谷、牛鬥口、快速72号線方面を俯瞰するとその特色のある山景は引き返すのを忘れさせるようだ。」

同地には「法雲寺古道」の案内板もある。それに依るとオリジナルの越嶺道は現在の出磺坑古道(=法雲寺古道=陸軍歩道)よりも更に東側寄りに開鑿されていた模様だ。いずれにしても、「出磺坑古道」の呼称の変遷(旧越嶺道→法雲寺古道→陸軍歩道)がこの古道の歴史的な変遷となる。

この越嶺道と現代の省道6号線、快速72号線の関係は、「古道俯瞰図」を参照していただけると明確に判ると思う。後龍渓が大きく蛇行しているお蔭で突き出した左岸部をそのまま川沿いに往来するか、山を横切るか?6号線は前者であり、出磺坑古道は後者である。面白いことに、最新の自動車道たる快速72号線は先祖帰りしていることになる。但し、越嶺部はトンネルで繋いでいる。(続く)

posted by 玉山 at 00:00| 台北 ☁| Comment(0) | 出磺坑古道(法雲寺古道) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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