2018年09月22日

八通関古道竹山段−11:鹿谷段−3

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【写真説明】開山廟の裏手に麒麟山への南側登山口があり歴史を感じさせる石段で始まる(左写真)。麒麟山の頂上は広々としており、豪華な眺望台が設えてある(中央写真)。日本時代の陸地測量部埋定の三等三角点と聯勤測量隊に依る一等三角点内補の二基が眺望台裏にある。筆者の背中側には更にテラスが延びており、鹿谷から鳳凰山山麓に向かう勇壮な地勢を堪能出来る(右写真)。同写真右側に写る自動車道が郷道56号線で、そのまま清代開鑿の八通関古道のルートだと考えて良い。古道に因む鳳凰山寺も萬年亨衢碑も同写真の中に収まる。尚、同写真右側下に写る湖水が麒麟潭。

鹿谷市街地から郷道56号線を開山廟を目指して走ると、開山廟に至る前に緩い坂に掛かるが、丁度そこで右手(西側)麒麟潭、左手(東側)麒麟山の間を走り抜ける格好になる。郷道56線は過去何度も往復しているが、麒麟潭、麒麟山、開山廟の三点は何の興味も沸かず、何時も素通りであった。それが最近になり俄然興味を覚え、三箇所探訪することになった切っ掛けは、鳳凰山登山を目論み、麒麟潭岸辺の民宿に一泊したのだが、ネット上の山行記録を読み間違え、頂上往復+高雄戻りを一日で十分熟せると考えていたのだが、改めて山行記録を見直すと、今の体力では相当の負荷が掛かるので、直ぐに諦め、それでは鳳凰山登山に充てていた数時間をどうしようかと、麒麟潭の畔を歩いていると、麒麟山歩道の指導標と「大水掘」の看板に当たったからだ。

先ずは、麒麟山に登ってみた。前回の投稿記事で書いたように、登山口は南北二つあるのだが、南側の開山廟後方のそれを選んだ。これは正解だった。と謂うのは登り口から急坂のやがて登山道が左右に分れるまでの石段はとても俄か造りの歩道とは思えず、古色蒼然としている。左右に分岐した登山道は麒麟山の頂上で行き合い、左側分岐は更に北口登山口に繋がる。左右どちらを選んでも、南登山口から半時間程度で三等三角点の埋定された頂上に立てる。標高744メートル、登山道の落差は百メートルも無い、山登りとは言い難いような簡便さだが、そこまで至り得るものは大きい。このような低山には勿体無いぐらいの頂上に組まれたテラスからの眺望は絶景である。その正面に聳える鳳凰山の北麓に向かい、嘗ては大坪頂(大台地の意)と呼ばれた鹿谷の台地が競り上がって行く地勢が指呼の間である。その中央部に清代八通関古道が開鑿された。

麒麟山は元々は尖仔頂山と呼ばれていたが、1974年、当時の行政院院長だった蒋経国が現地を視察した際、改名された。恐らく鳳凰に対峙させたものと思われる。(続く)
posted by 玉山 at 00:00| 台北 ☁| Comment(0) | 八通関古道‐竹山段 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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