2019年02月09日

関山越嶺古道−19

Kodou-2038.jpg Kodou-2039.jpg Kodou-2040.jpg
【写真説明】リトーマテングル(摩天)間の標高差は丁度500b、古道概念図で明確に判るように、この間、南横公路(省道20号線)が正に九十九折りで高度を稼いでいるのに対し、古道は一気に駆け上がっていた。古道と南横の交差点(或いは接触点)は三箇所、車窓から注意して沿線を観察するがリト側下二箇所は全く見当付かず。唯一三箇所目は自動車道が大きくカーブした付近(左写真)に市販地図帳でも公路総局(正式には交通部公路総局)関連施設(公路総局向陽監工站と摩天道班房:班房とは限定、管理された物理空間なので、道路工事基地の意か?)が明記されているので付近に車を停めて、キャベツに埋め尽くされた谷側斜面を見下ろし、凡そのコースと微かな痕跡を探した(中央写真)。同写真中央を斜めに横切る疎らな杉木立が見えるが、古道はこの線に沿って開鑿され、公路総局監工站の後方の山裾を次の駐在所であるカイモス(栗園)を目指したと想定される。右写真は公路総局監工站越しに何気なく撮影したものであるが、後になり、日本時代、監工站付近に砲台が置かれていたことを知った。実際の設置場所は左写真辺りか?偶々当時の兵士が俯瞰していた風景と相成ったわけだが、リトで民宿の方に、この辺りで砲台が置かれていたのは何処かと質問したら、ブルブル(霧鹿)だけだと云う答えだった。尚、向陽監工站は新装(改装?)間も無い状態に見え、新装の際、摩天道班房を取り込んでしまったようだ。(続く)
posted by 玉山 at 00:00| 台北 ☀| Comment(0) | 関山越嶺古道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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