2020年08月08日

虎頭埤−6

Kodou-2284.jpg Kodou-2285.jpg Kodou-2286.jpg
【写真説明】以上、これまで紹介して来た日本時代の名残りは埤の南側に集中している。日本時代に既に景勝地として整備、臺灣日日新報が「台湾八景十二勝」を募集、虎頭埤は第九勝に選定されている。今は「ミニ日月潭」の呼称有り。当時は周囲7`あったそうだが、今は最も長いコースで4.5`程、現在の遊歩道とどの位の重なりがあるのか?筆者は判らない。兎も角右回りで一周してみたが、北側は見るべきものは無かった。虎頭埤で遊楽客に最も人気のあるアトラクションは、これも南側にある埤岸と埤中の小島を結ぶ「虎月吊橋」であろう。日本時代遺物8号、前回紹介した閘門と同じく明治38年の構建であるが、現在あるのは2005年に橋柱を含め新装されたと推測される。埤畔側に一条、埤畔側橋柱(中央写真)にプラスチック製プレートが貼られているが、どちらも日本時代の吊橋の呼称が記載されていないので、当時から虎月吊橋と呼ばれていたかもしれない。もう一つ埤畔側に「重修台南縣新化虎頭埤名勝記」と題した記念碑(左写真)が立つが、異なる意趣の日本時代建立の記念碑をそのまま使い、記念碑プレート自体をすり替えたのでは?と思われる。右写真は小島側から望む同吊橋全容。虎頭埤中の吊橋の位置については、本ブログ左側メニューの「俯瞰図」を参照にして欲しい。(終り)
posted by 玉山 at 00:00| 台北 ☀| Comment(0) | 『水の古道』虎頭埤 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。