2020年08月22日

虎頭埤−8:新化国家植物公園(新化林場)

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【写真説明】嘗ての台湾総督府付属の台南演習林は、今は新化林場、或いは新化国家植物園として中興大学実験林に受け継がれている。左写真は、その正面ゲート。中央写真は正面ゲートを潜った場所に置かれた今年2020年度が林場開場百周年を意味するオブジェ。右写真は林場内の最高点に設置された休憩所「自在亭」と地籍三等三角点、通称礁坑子山、正式点名は畚箕湖山。「畚箕」は見慣れぬ漢語であるが、(箒と)「塵取り」の事で、中文では日常生活用語だ。

もう一つ、蛇足を付け加えることにした。虎頭埤を手元の地図帳で確認している際、直ぐに気付いたのは、虎頭埤東隣に「新化国家植物園」と云う大層な場所が在り、その園区内に三角点があることだった。点名は「畚箕湖山」、標高101b、夏場だとこれぐらいの標高でも良い運動になるので、あくまで「序でに」に出掛けることにしようとリストアップしておいた。別件で、日本時代の三大官営林場(伐採面積・伐採量の多かった順に、阿里山、太平山、八仙山)に関する情報を収集している途中で、「新化林場」の存在を知ったので、現在の国家植物園の前身は日本時代に開発されたこの林場であろうと予測して出掛けた。譬え日本時代の遺物に出会えなくとも、三角点と云う保険を掛けたわけだ。

高雄市街地から当地までは約1時間のドライブ、ところが、「新化国家植物園」という道標は見当たらず、代わりに「国立中興大学新化林場」か「国立中興大学実験林」の道標しか無い。「国家」が冠せられているぐらいだから、広々とした見学者用駐車場があるものと勝手に思い込んでいたが、台南市区道を離れ植物園正門に至る車道は狭くお粗末、驚いたことに園区専用の駐車場無し、地元民の小遣い稼ぎの為の空き地のみが見学者用駐車場として提供されているのには呆れ果てた。無論、露天の朝市も立っている。もう一つ意外だったのは見学者の多さである。高雄市内の週末でも閑散とした熱帯植物園をイメージしていたので、有料(大人80元)にも拘らず年齢層の偏りも目立たぬ程に多くの人々が思い思いに歩いている。

現在の新化林場=国立大学実験林=国家植物園の歴史については、園区内にある外来者向け食堂・売店兼宿泊施設である「学生実習館」(下掲写真参照。但し、「実習」の意味判らず、教室でもあるのかな?)の出入口近くの壁にバナー状のタイムテーブルが掲げられていた。以下は日本時代のみの拙訳である:

<1920年:大正9年> 台湾総督府農林専門学校校長阿部文夫は、農林教官は理論と実践の両面等しく教鞭に勤しむべきと考え、総督府に対しここ新化の当地(筆者註:里・庄単位の地名省略)に総面積340甲余の「演習林」の設立を建言、低海抜の亜熱帯林並びに虎頭埤が涵養する保安林を研究対象とした。

<1922年:大正10年> 台湾総督府高等農林学校大島金太郎、演習林の正式名称を「台南演習林」へ。

<1928年・昭和3年> 台湾総督府高等農林学校を「台北帝国大学付属農林学部」へ改編。

<1934年・昭和9年> 台南演習林は当初専任の看守を設けず、この年より専任の看守を任命、初代は池田思無邪、逐次敷地と隣接する土地の境界を精査・鑑定、更に盗伐、無断の開墾等の発生を防止した。

<1935年・昭和10年> 新たに台南演習林事務所、並びに職員宿舎を建設。

<1943年・昭和18年> 台北帝国大学付属農林専門部を改め「台湾総督府台中高等農林学校」に改編、終戦まで継続。実情は、演習林内の実習設備欠乏の為、実習は滞った。

現在の新化林場は、台湾総督府付属の台南演習林が嚆矢であり、演習林として有り続け、台中市の名門中興大学の実験林に受け継がれ今に至っていることが判る。それにしても、「思無邪」をそのまま名前としていた日本人が居たとは!

尚、中興大学は、国立中興大学実験林管理処に依ると、現在四箇所の実験林を有している。即ち、恵蓀、新化、東勢、文山であるが、この内、日本時代に林場として開発されたのは前者三林場、帝国大学の演習林が前身となるのが、恵蓀(東北・北海道)と新化(台北)である。(終り)


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posted by 玉山 at 00:00| 台北 ☁| Comment(0) | 『水の古道』虎頭埤 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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