2024年01月13日

『水の古道』旗山圳:三大水橋−武鹿坑水橋(美濃古道−19)

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【写真説明】明けましておめでとうございます。今年も本ブログをご贔屓賜りますようお願い申し上げます。

さて本渡槽は旗山圳三大水橋の中で今現在最も人口に膾炙しており、グーグル・マップ上では高空水橋の名で観光名所として登録されているのは、灌漑水路としては特異な概観を呈しているからだが、幹線自動車道台29号線の直ぐ西側にその威容(異様)を晒している、詰り露出度が高いからだ。このような恐らく百年古蹟に成らんとするとは言い乍ら変哲も無いコンクリートの水路が話題になるのも武漢肺炎渦のお陰、要は暇人が増えたわけだ。何故ここに渡槽を掛けたのか?はパズル、素人には判らない。台29号線が武鹿渓を横断する地点には当然橋(武鹿橋)が架けられているが、その直ぐ西側には旧台29号線に架けられていた同名の橋がそのまま残してある。更にその西側にもう一本橋が架けられていたようで橋桁のみが残っており恐らく日本時代の武鹿橋かもしれない。この三本目の武鹿橋に並ぶように渡槽、即ち武鹿坑水橋が架けられている。この水橋を西側から望み且つ三本の武鹿橋との関係が判るようにグーグル・マップのストリートビューを調整したのがこのダイヤグラムだ。尚、グーグル・マップ上の渡槽位置は不正確、筆者の方で黄色4点でマーキングしたのが実際水橋が架かっている位置だ。

左写真は現存する旧武鹿橋より更に古い武鹿橋橋桁と水橋方面。中央写真は基本前出のダイヤグラムと同一方向から撮影。専門家が見れば構造上色々面白い箇所が見い出せると思うが、筆者の興味が向いたのはこの一箇所だけだったようだ。中央写真左側(武鹿渓北側、旗山方面、反対は高雄方面)に旗山圳の余剰水を落下させているように見えるがこれ以上の詮索は止めにする。いずれにせよ日本時代に組み込まれた仕組みだと思う。

三大水橋が旗山圳上の渡槽であると云う認識を2019年当時の集中踏査の際に持ち合わせていたかどうか?は実に怪しい。どのような媒体を通してその存在を知ったか思い出せない。西圓潭水橋と頭林水橋は筆者の方で狙いを定めて訪ねて行ったのだが、武鹿坑水橋の場合は事情が異なる:向こうの方から勝手に立ち現れたと言うべきだろう。と謂うのは旗山地区の幹線自動車道の一つである台29線(国道29号線に相当、旧省道29号線、通称旗甲公路)を走り武鹿坑橋を渡る際、ドライバーの目に大振りな渡槽が飛び込んで来るからだ。空中で総延長50bを超える渡槽を支える逆V字型の高架橋は今にも折れて倒壊しそうな危うさと戦後を生き抜いてきた逞しさが同居しているような印象を受ける。筆者が初めて遭遇した際は恐らく極めて少人数の人々の関心を引いていたに過ぎなかったはずだが、今はグーグル・マップ上で「高空水橋」の名を冠されて観光名所の扱いになっている。美濃・旗山地区には複数の高空水橋が今尚現役として残留しており、カテゴリー『水の古道』美濃水橋で紹介した一架はそれまでは南台湾では最も著名であったが、実は唯一のものではなかったのだ。(続く)
posted by 玉山 at 00:00| 台北 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 『水の古道』旗山圳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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