2007年09月22日

能高越嶺古道−12:雲龍橋

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【写真説明】新旧の雲龍橋。現在のものはアーチ橋、旧のものは吊橋、但し、旧橋の方も戦後架け替えられたもので、日本時代は「スーク鉄線橋」と呼ばれた吊橋で、主塔が残る側の上流域に居住していたスーク社と対岸のボアルン社との間の連絡道であった。共に霧社事件当時蜂起した部落である。

春陽村を過ぎて省道14号線を濁水渓沿いに盧山温泉方面へ進むと、やがて道路は雲龍橋で濁水橋を渡る。現在の雲龍橋は橋の出入口の四つの欄干上にセデック族の男女の胸像を持つアーチ橋であるが、その橋の横に吊橋用の大きな黒い主塔(吊橋のワイヤーを張り渡す両端の柱)が聳える感じで残っている。対岸の主塔は既に撤去されているが、吊橋に続くトンネルはそのまま残っている。霧社事件に拘わる旧跡なのだが、この主塔の手前はちょっとした公園が設えられており、嘗ては説明板が掲げてあったようだが、今は荒れるに任されており詳しい由来が判らない。今に残るこの吊橋の主塔、並びにトンネルも戦後架け替えられたものだが、日本時代も全く同じ位置に吊橋が掛けられていたかどうかは判然としない。霧社事件勃発当時、日本側の報復反撃の為の渡河を阻止すべくセデック族に依り切って落された橋である。

尚、濁水渓はここより北上し、源頭は奇莱主山南峰となる。(終わり)
posted by 玉山 at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 能高越嶺古道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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