2007年10月13日

能高越嶺古道−15:ボアルン社

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【写真説明】左写真は霧社事件当時の蜂起蕃の一つ、旧ボアルン社とその漢音表記である母安山(標高1,528メートル)、現在は南投県仁愛郷精英村に属する。旧富士社であるが、富士社になったのが何時なのかは判らない。霧社事件後のことだと思う。富士とは母安山のことで写真で見るように車で頂上まで上がれる。

盧山温泉に下らずにそのまま省道14号線をぐんぐん高度を上げていくと盧山部落に登り詰める。盧山部落の中心の標高は1,300メートルを越えている。母安山は盧山三宝の一座、後の二座は武令山(標高1,940メートル)と安達山(標高2,339メートル)であるが、「宝」とは優美な山容という意味であろうが、最近は前回紹介したマヘボ富士も加え盧山四宝と称しているのも見たことがある。

盧山部落内に入山検査哨が設けられている。能高越嶺古道に入るにはこの検査哨で入山証を提出することになるのだが、それは昔の話。初めて能高越嶺古道に入った三年程前は入山証の提出をかわすべく夜中にここを通過したものだが、その時でも検査哨のゲートは開きっぱなしになっていた。今回は恐らく検査哨そのものが閉鎖されているはずだと踏んだが、念には念を入れて霧社警察署で入山証を予め取得しておいた。予想通り、ゲートそのものが撤去され検査哨も閉鎖されていた。最近はこのように入山検査哨の撤去が台湾山間部で目立つようになってきている。

その検査哨を抜けてそのまま闇雲に進んでしまうと、古道入口のトンバラ(屯原)への分岐点を容易に見落としてしまうのだが、これも昔の話になった。今は上掲右写真に写る立派な標識が立っていた。(終わり)
posted by 玉山 at 08:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 能高越嶺古道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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