2008年03月22日

八通関古道鹿鳴段−2

Kodou-192.JPG Kodou-193.JPG Kodou-194.JPG
【写真説明】左写真は鹿鳴吊橋を渡った対岸に残る林武局事務所廃屋、日本時代はここに駐在所と涼亭が置かれていたと謂う。今は草がきれいに刈られ気持ちのいい広場になっている。左二枚の写真は、これとは別に林務局が「鹿鳴駐在所跡」と称している入口付近と駐在所跡。草茫々だが僅かに残る石垣が嘗て住居があったことを物語る。

現在八通関古道東段を紹介した一般向け書籍としては最も詳細を極める玉山国家公園管理処発行の「八二粁一四五米、八通関越道路東段史話」では日本時代は鹿鳴吊橋を渡り切った場所に駐在所が置かれていたと説明されている。現在見る林務局事務所の廃屋はその駐在所を襲って建てられたらしいが、他方で林務局はここから数百メートル古道を入った場所にも、鹿鳴駐在所跡地の案内板を立てている。(終わり)
posted by 玉山 at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 八通關古道-鹿鳴段 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
左側の写真、比亜毫古道を四季部落から入ったところにある林務局四季護管所ととてもよく似ています。やはり廃棄されたもので、コンクリート作りの一部屋、同じように入り口のドアはありませんでした。周りの様子も似ているので一瞬四季のもの?と思ったほどです。そして、そこも日本時代は駐在所だったと部落の人が言っていました。
Posted by メイウェンティ at 2008年03月22日 20:59
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