2013年11月30日

淡蘭古道−1

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【写真説明】左写真は、台北市万華区にある龍山寺境内中の本殿、2001年11月撮影。日本時代に修復され終戦間際消失、その後再建された本殿は、撮影時は修復中、ペイント画で本殿を模したテントが張り巡らされていた。当地は、101、故宮博物院、中正紀念堂と並ぶ台北市の「四大外国人観光地」とされる。「万華」の古名は[舟孟][舟甲]、道路名等で今でも残るが、所謂「古台北」の中心地、龍山寺はその古台北の顔である。台湾には北から、淡水、[舟孟][舟甲]、鹿港、台南、鳳山の地に同名の寺が現存するが、何れも、大本は大陸福建省泉州晉江龍山寺、台湾のそれらは台南のものを除き国指定の古蹟である。右写真は同境内の鐘楼。

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2013年12月07日

淡蘭古道−2

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【写真説明】左写真は淡水河左岸河口、新北市八里区八里渡船頭(埠頭)から対岸の淡水区を望む。同写真奥の山塊は陽明山群峰。古台北は淡水沿いに発展し、やがて遡り、宜蘭を代表する東海岸を山越えで目指した。右写真は、古台北と東海岸を結ぶ古えのコース途中、日本人観光客にも人気のある新北市瑞芳区九份の南に位置する三貂嶺から南東方面になる太平洋側を望む。同写真右奥に写る島嶼が亀山島。古台北から東海岸を目指した人々はこの眺望を目指した。

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2013年12月14日

淡蘭古道−3

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【写真説明】左写真は、新北市瑞芳区内台湾鉄路平渓線侯[石同]駅近くにある三貂嶺古道入口付近に立つ指導票。「金字碑古道」と刻まれているが、この古道段最上部に通称「金字碑」が現存しているからである。中央写真はその古道入口付近の古道の様子。右写真は古道入口付近に設けられた休憩所と休憩を楽しむ人々。総じて草臥れた感じがしないでもないが、昔から台北近郊の人々に良く歩かれて来た証左とも言える。下掲左側写真は、古道最上段、三貂嶺直下の岩壁を利用した「金字碑」。右写真は古道を登り切った場所にある広場に現存する「奉憲示禁」碑と「探幽亭」と額された休憩所。

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2013年12月21日

淡蘭古道−4

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【写真説明】左写真は台湾鉄道宜蘭線福隆駅と石城駅との間を結ぶ旧草嶺隧道の北側、即ち福隆駅側入口付近の様子、旧トンネルはサイクリング・ロード化され、そのトンネルの両側は遊楽客の為にレクリエーション施設が完備している。中央写真はその旧トンネルの福隆側入口、日本時代開鑿のトンネル上部に「制天嶮」の額が掛かる。右写真は同トンネルの石城駅側から、その「天嶮」―東側隆隆山(標高433メートル)と西側福隆山(同474メートル)を結ぶ―を仰ぎ見る。下掲左写真は、福隆側入口付近に大事に保存されている「故吉次茂七郎紀念碑」、同碑裏側には「吉次君ハ福岡縣ノ人」で始まる吉次氏の経歴と遭難の顛末が記されている。右写真は、「白雲飛處」の額が掛かる石城側旧トンネル出入口付近の様子。

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2013年12月28日

淡蘭古道−5

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【写真説明】筆者は、隆嶺古道を福隆側から石城側に抜けた。旧トンネル出入口付近からすぐに古道が始まっているわけではなく、アスファルトの敷かれた地方道と古道然とした山道を交互に歩かされ実に判りにくかった。加えて、ご多分に漏れず、正々堂々の指導票は無く、ゲリラ的なサインを拾いながらの踏査になった。左写真はそんなゲリラ的指導票の例。中央写真は古道最高点近くの古道の様子。右写真は古道最高点にある古木と土地公、ここから一気に前回記事で紹介した天嶮を太平洋側に文字通り駆け降りる。下掲左写真は古道途中で見付けた(旧)台北県と宜蘭県の境界を示すオブジェ、2009年の撮影なので今でも現地に残っているかどうか?右写真は古道の石城側出入口、省道2号線脇。
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2014年01月04日

淡蘭古道−6

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【写真説明】太平洋に面する台湾鉄路宜蘭線大里駅の、省道2号線を隔てて向かい側に位置する大里ビジターセンターからその太平洋を望む。同写真奥の大きな島影は、陽蘭八景の一つ、亀山島。中央写真は広い駐車場と遊楽客用施設を備えてはいるが、実質草嶺古道の啓蒙施設であり且つ現代の古道の入口そのものである大里ビジターセンター正面。右写真は、同センター内にある古道入口。
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2014年01月11日

淡蘭古道−7

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【写真説明】草嶺古道南側入口、大里ビジターセンターから古道最高点の文字通り草嶺に辿り着くまでに二つのマイルストーンがある。一つは左写真の護管所、そこから古道最高点を望んだ。もう一つは、中央写真、現地の案内板には「客桟遺址」と説明があるが、日本風に言うと、宿場、現代人は草嶺古道を歩き通す時、登山と言いかねないが、日本時代この古道は実は幹線道路だったのだ。右写真は、古道南段の一風景。下掲右写真は古道最高点から宜蘭県頭城鎮大里漁港方面、つまり太平洋岸の俯瞰。中央写真は同じ古道最高点付近から同古道北側を望む。右写真は古道北段をかなり下った辺りにひっそりと佇むベンチ。
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2014年01月18日

淡蘭古道−8

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【写真説明】雄(オス)・雌(メス)の番(つがい)の二文字が現存する台湾鎮総兵劉明燈揮毫に依る「虎字碑」。草嶺古道上の人文景観を代表する遺物。。。雌字碑は草嶺古道最高点北側下に左写真のような状態で現存、中央写真はその拡大、雄字の方は元々は現在の北宜公路(省道9号線)の最高点付近にあり現在はレプリカが現地にある。実物は新台市坪林区市街地内にある茶業博物館庭に移設されており、右写真はその拡大。下掲左写真は、大里ビジターセンター内にある番のレプリカ。同右写真は、草嶺古道北側下段に位置する、巨大な蟹の甲羅を連想させる巨岩に刻まれた同じ劉明燈揮毫の「雄鎮蠻煙」碑。
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2014年01月25日

淡蘭古道−9

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【写真説明】現在、亀山島への唯一の渡航港は宜蘭県頭城鎮烏石港。左、並びに中央写真は我々の乗ったフェリー「宏棋号」の船内、船上の様子。右写真は、フェリー・デッキ越しに見る亀山島。下掲載左写真は烏石港とその構内にある蘭陽博物館(対岸の建築群)、右写真は亀山島北埠頭。居住、商業活動が禁じられて久しいので、台湾本土から僅かに十キロ程度なのだが、実に綺麗な海岸だ。
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2014年02月01日

淡蘭古道−10

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【写真説明】左写真は『学校旧址』の案内板、同学校校庭後に建つ。。。「この学校は島内唯一の学校で、民国38年(1949年)に創立、当時の名称は頭城国民小学校亀山分校、後に大渓国民小学校に改属、民国43年(1954年)、亀山国民小学校として独立した。島民の移遷後は、駐軍区として改建された。」中央写真は同校校庭跡、右写真はその学校跡(同写真左側)を含む島内唯一の部落跡。
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2014年02月08日

淡蘭古道−11

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【写真説明】亀山島一周クルージングは、北側埠頭を出発すると時計回りに一周し最後はそのまま烏石港に戻るコースが普通だ。亀山島は頭が東側、尻尾が西側、即ち対岸の台湾本土側に突き出した格好だ。クルージングは、北側埠頭を囲んでいる亀尾を出発、亀爪、亀首、二頸、亀尾巴の順で回遊する。左写真は、亀尾、中央写真は、東側から望んだ亀山と亀首、右写真は、亀首を迂回し終り、亀尾側に戻る途中から亀首側を望む。下掲の右写真は同島に設置された40ミリ高射砲トーチカの一つから台湾本土を望んだ。右写真は同トーチカを海側から望んだもの。亀山島全体の写真はここをクリック。
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2014年02月15日

淡蘭古道−12

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【写真説明】台北地区と宜蘭地区を結ぶ国道は省道9号線、北宜公路と呼ばれる。雪山トンネルを含む高速道路「国道5号線」の開通で、この雪山山脈北端超えの道路は急速に廃れつつあるような感じを受ける。この北宜公路の最高点は、旧台北県(現新北市)と宜蘭県の境界線上にある。左写真は台北県側から宜蘭県側を見た境界付近の省道9号線の様子。右写真は、北宜公路中の最大の難所にして最大の名所、長大な九十九折「九湾十八拐」越しに陽蘭平野を望む。
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2014年02月22日

淡蘭古道−13

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【写真説明】「北宜公路」の最高点、「石牌県界公園」(左写真)内の石碑(牌)群。左二枚目から「(旧台北県・宜蘭県)指導標」(右)と「虎字碑」(左、レプリカ、本物は「淡蘭古道−8」参照)、三枚目「北宜公路殉職先霊記念碑」(同写真手前の円形のレリーフ上の全訳は前回記事に附した)、右写真「跑馬古道」碑(北側出入口)。
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2014年03月01日

淡蘭古道−14

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【写真説明】宜蘭庁庁長 西郷菊次郎建立の「湖底嶺開路碑」、今は当時の碑文は全部削り落とされ、全く別な石碑になっているが、元々起立していた場所から動かされていない、というより巨大過ぎて動かそうにも動かせないような岩盤を利用してある。左写真の「金面体観」の側が台北側を向いており県界公園の駐車場に車を停めた行楽客の目に飛び込んで来るのはこの面である為、当該石碑の正面のように思えるが、実際は裏である。同碑左下に二本の線状の物が見えるが、オリジナルの碑文を埋め込んだ跡である。中央写真は、碑の裏側、オリジナルの石碑正面。右写真はその表側上部、児玉源太郎揮毫の「平塹雲開」の文字が刻まれていた部分ではないかと想像する。
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2014年03月08日

淡蘭古道−15

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【写真説明】「湖底嶺開路碑」の「湖底嶺」は北宜公路最高点北側の峰で、同道路脇にその峰への登山口が開いている。右写真は、北宜公路最高点を同道路東側下から望んだ。時は12月中旬、薄が見事だった。下掲載の三枚の写真は、北宜公路東側終点頭城鎮の街中心部にある再開発された古い町並みで、見事に復元されている。何故今回掲載したか?は本文記事を参照。
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2014年03月15日

淡蘭古道−16

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【写真説明】北宜公路最高点付近に出入口がある跑馬古道の北段(上段)を暫く降りると産業道路と交差する。左写真はその交差路に建つ指導標。中央写真は、台湾有数の温泉街、礁渓の市街地内に出入口を持つ南段(下段)中に建つ指導票。右写真は「跑馬古道」も下段(南段)中に、別名「木馬道」の解説板があった。
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2014年03月22日

淡蘭古道−17

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【写真説明】短い跑馬古道北段(上段)は散策する人は少ない。左写真は北段風景、写真に写るように全段木製階段が設けられており、降り切った場所はアスファルトの産業道路と交差、この舗装道路を辿ると南段(下段)の最上段に至る。他方、市街地内に出入口を持つ南段は賑やかだ。中央写真は南段の正式出入口の様子。右写真は、やっと探し出した日本時代の駐在所跡地と思しき場所に残る建造物の残骸、実は当初跑馬古道を探訪する気になったのはこの場所を探しあ当てる為。しかし今でも駐在所名は判らず。本文記事下掲載の二枚は、南段中にある信仰色豊かな休憩所二箇所。
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2014年03月29日

淡蘭古道−18

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【写真説明】左写真は、跑馬古道南段(下段)出入口に至る自動車道沿いのバス路線図。中央部に同古道の停留所が示されている。中央写真は、古道北段(上段)出入口に立つ「0キロ」の里程標。右写真は南段最下段の「6.5キロ」の里程標。下掲載左写真は、南段最上段=北段最下段にある広場。北宜公路から車で入って来れる。同右写真は、北段途中から礁渓市街地越しに亀山島を望む。
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2014年04月05日

淡蘭古道−19

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【写真説明】新北市石碇区も坪林区も曾ての淡蘭便道上の要所なのだろうが、雪山トンネルを擁する国道5号線、通称「北宜高速公路」が完成し高速ジャンクションが乗り入れするまでは、雪山山脈山間の日本風に言えば寒村では無かったと想像される。高速道路の効果は絶大で、週末は膨大な人と車で賑わう。左写真は、石碇区の中心街やや北側、川は其の名も景美渓、その川に掛かる同写真手前に写るのは淡蘭吊橋、復元された淡蘭古道の一部を形成する。右写真は、坪林区とその中央部を流れる北勢渓。坪林区の特産はお茶で、お茶テーマのオブジェが街中に溢れている。其の中にある坪林茶業博物館内の中庭に、既に紹介した通り、「虎字碑」(オス)の実物が安置されている。
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2014年04月12日

淡蘭古道−20

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【写真説明】左写真は北宜高速公路(高速道路)石碇高架橋下に立つ淡蘭古道を含む指導票。中央写真は、この高架橋下に並ぶ古道散策に訪れた車の列。右写真は高架橋に掲示されているプレートの一枚。この石碇高架橋下の淡蘭古道は南北二段に分かれており、北側が高速道路真下に再現された完全舗装道路と南側の曾ての淡蘭便道の面影を残し、やがて石碇老街へ至る段である。下掲左写真はその北側コンクリート古道途中に設けられた休憩所、同右写真は南段古道の一風景。
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2014年04月19日

淡蘭古道−21

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【写真説明】左写真は台湾鉄道頭城駅前の「開蘭第一城」の石碑。その意味は本文記事参照。中央写真は頭城市街地内のアーケードと「亀山朝日」の写真。右写真は、頭城老街内で見付けた。
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