2020年11月14日

壽山古道−1:「登山街60巷歴史場域」

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【写真説明】左写真は行政区画では高雄市鼓山区壽山里に属する登山街60巷(巷は丁等に相当する住所の単位)入口を登山街西側から望む。中央写真はその登山街60巷に入り込み、そこに最近になり(2017年9月)設営された「登山街60巷歴史場域」を背にして撮影。右写真はその歴史場域の最下段を一望したもので、パノラマ写真も添付した。この広場は元々高雄築港出張所官舎跡地だったと現場に説明がある。
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2020年11月21日

壽山古道−2:「壽山清代古道」

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【写真説明】壽山清代軍事道路の一本である「哨船頭古道」の「歴史場域」内段、登山街60巷の入口付近の景観を三枚掲載する。住宅街の路地の登り一方の階段である。左写真の左側に写る日本式家屋は歴史場域のトイレ、詰り登山街60巷は歴史場域の西側に沿った路地。中央写真は、歴史場域内の4番目の案内板「壽山清代古道」の案内板が立つ辺りの景観。右写真はその案内板を過ぎ更に登山街60巷上方を望んだ。
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2020年11月28日

壽山古道−3:「哨船頭古道」

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【写真説明】左写真は、「登山街60巷歴史場域」内の清代古道部分の丁度中間地点、F「サンゴ石の排水溝」の案内板が有る辺りの古道の景観、南側を振り返った。中央写真は、歴史場域内で最高点で最後の案内板、10「清代の古道と日本統治時代の展望道」(同写真右奥)越しに嘗ての打水湾、現在の高雄港側を望んだ。右写真は、中央写真とは反対方向から、登山街60巷方面を望んだもの。旗津-鼓山往復フェリー上からの撮影だが、清代古道を意識していたわけではなく、同写真上側の真っ直ぐな稜線上に写る白色の建物群の内、中央やや左側に写る黒っぽい屋根をいただいた建物(日本時代設営のゴルフクラブと謂われる。高雄人は「小白宮」、ミニ・ホワイトハウスと呼んでいる。国軍管制区域内に付き進入不可)を確認するのが目的だった。清代古道の目的地、大坪頂砲台は同じ稜線左側、裕仁親王が足を運ばれた最高点(「登山記念碑」が建てられた)は逆に同稜線を右側に進む。同写真中央奥のレンガ色の建物群は中山大学構内。そのまま右側に辿ると、裕仁親王のご宿泊地である「壽山館」なのだが、今は同大学職員宿舎に襲われている。
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2020年12月05日

壽山古道−4:「哨船頭古道」−2:「壽山館」

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【写真説明】左写真は、「壽山館」跡地に立つ中山大学職員宿舎B棟西端から裏側に抜ける自動車道、筆者の背中左手から宿舎裏の山域に入り込んだ。そこは小さな空き地になっており、国軍管制区域警告板が立っている。中央写真左奥にサンゴ石の石塁が覗いている。この写真を撮影した際は意識していなかったが、右写真に写るコンクリートの階段を支えている。即座に、壽山館後方に開削された登山道、前回投稿で紹介した「展望道」の一部、裕仁親王も歩かれた古道だと判断した。
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2020年12月12日

壽山古道−5:「哨船頭古道」−3:「打水」水源地

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【写真説明】「歴史場域」が中山大学敷地と接する最上部の直ぐ下にG番案内板「打水湾の水路跡」が立つ。即ち、壽山の中で希少な水源地から流れ出た湧き水を、嘗ての打水湾まで誘導するサンゴ石を積んだ水路が残っている。その付近はその湧き水が染み出し、水生植物の群生が見られる(左写真)。中央写真はG番案内板附近の景観、カヤツリグサが群生している。右写真は、G番案内板から下り、F番案内板「サンゴ石の排水溝」が立つ辺りの景観、水生植物が繁茂する排水溝とはG番から流れ落ちて来た飲料水の水路である。
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2020年12月19日

壽山古道−6:「哨船頭古道」−4:「龍目井」

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【写真説明】左写真に写る柴山こと寿山への最も伝統的な登山口は鼓山区龍井里にある万寿山龍泉禅寺横にある。ハイカーの登り降りの洪水の切れ目を狙って撮影したら、却って高雄人のこの山への愛情が霧散してしまった。この登山口は寿山古道の内、内惟越嶺古道の東側起点ではないか?と筆者は睨んでいる。その登山口脇(左写真の日傘下)に格子状の蓋を被せた水路(中央写真、登山口を背にして撮影)があり、通常はそこを「龍目井」と呼んでいるようだが、実際の水源地は山中のはずだ。右写真は登山口に至る道路の一つ、「青泉街」の指導標、その意味する所は本文記事を参考にして欲しい。
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2020年12月26日

壽山古道−7:「哨船頭古道」−5:「高雄温泉」

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【写真説明】左写真は、寿山国家自然公園北寿山駐車場出入口脇にある土地公「石頭公」、この下に青泉街に沿いに渡した側溝があり同駐車場との間に小さな橋が架けてある。その下に嘗ての高雄温泉ETtoday新聞雲、2019/01/08記事より転載)の冷泉(鉱泉、又は冷鉱泉)が湧き出している。中央写真は、その湧水が冷泉である証左であろうと思われる水泉花と呼ばれる麺状の白色物質が側溝を覆っている様子。呼び名は雅だが、昔、何処の溝川でもお目に掛かれたような気もする。右写真は、高雄温泉の露頭と思われる附近の側溝の景観、中央写真と同じ側溝で、前記の駐車場出入口から龍目井方向へ100bぐらいの場所。同写真右側に温泉館が建っていたかもしれない。
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2021年01月02日

壽山古道−8:「哨船頭古道」−6:「壽山館」−2

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【写真説明】左写真は、前回投稿記事「壽山古道−4」の右写真に写る登山道階段を軍管制区側から見たもの。中央写真は、実際の登山道階段、直に百年を越そうとしているが、残存状況は驚く程良好だ。右写真は東屋の遺構状況。同写真奥の樹木が切れた部分から中山大学職員宿舎が望める。同東屋は裕仁親王高雄巡啓時に撮影された写真にも写り込んでいる。ここでは、「登山街60巷歴史場域」内の案内板Iに掲載されたものを転載、マーキングを加えた。
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2021年01月09日

壽山古道−9:「哨船頭古道」−7:「打狗水道」

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【写真説明】左写真は、旧打狗水道浄水池入口。団体で見学申請すれば入れて貰える。同写真右側に覗くドームは浄水井戸の上部構造物。中央写真は浄水池。右写真は、浄水池下方の市街地内に残る打狗水道量水器室、浄水池同様市指定古蹟だが、全く保護されている気配無し。文化資産局の登録申請文の中には、西洋古典様式とかトスカナ柱とかの単語が散りばめてある。
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2021年01月14日

壽山古道−10:「哨船頭古道」−8:「打狗英國領事館及官邸」と「登山古道」

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【写真説明】哨船頭古道の西側起点(古道最低点)である著名な国定古蹟「雄鎮北門」砲台の僅かに東側は「打狗英國領事館文化園区」として整備されている。元々丘の上にある英国領事館官邸が高雄市指定古蹟として開放されていたが、丘の下の領事館も修復・復元された。これら二つの遺構を結ぶ通用道は今は「登山古道」として修復され、三つながらにして国定古蹟である。掲載した写真は左側から領事館側古道出入口、その上部、更に領事館官邸側古道出入口の景観。埋め込んだパノラマ写真は、サンゴ礁の中をうねるように伝う古道途中の白眉部分。実際この古道、登りでも五分程度で歩けてしまう。
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