2024年03月16日

『水の古道』獅子頭圳-1:竹仔門発電所(1)

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【写真説明】何はさておき古蹟としての竹仔門発電所を代弁する「明治四十二年」竣工記念碑の案内標識(左写真)と記念碑の現況(中央写真)、前回の投稿記事(『水の古道』竹仔門発電所(3))のものは2006年6月撮影、今回はそれから13年後の2019年11月撮影、右写真は発電所正門。尚、「子」と云う漢字の取り扱いについて―発電所の正式名称は「仔」、獅子頭圳の場合は「子」、実際は二つの漢字の間に大きな意味合い上の差は無いはずだ。
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posted by 玉山 at 21:28| 台北 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 『水の古道』獅子頭圳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年04月06日

『水の古道』獅子頭圳-2:「獅子頭圳三幹線進水門」

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【写真説明】先ず、左写真は、四本の圧力鉄管を通じて落とされ発電を終えた水の放水口を発電所構内から撮影(2006年撮影)、現地では「尾水道」と呼ぶ。筆者の背中が発電所。中央写真は同じ尾水道を発電所構外(明治四十二年竣工記念碑と発電所正門の中間点南側の小橋)から撮影(東向き;以下全て2019年撮影)、その真逆側、即ち西側に獅子頭圳幹線最初のコンクリート構造物、四連の水門があった。当該水門上に「獅子頭圳三幹線進水門」のプレートが嵌め込まれていた。さて、これをどう解釈するか?因みに、同じ水流に対し発電所構内では放水と呼ばれ、構外で新しい機能をコミットし進水と呼ぶ。候補は二つ、第三幹線、或いは三幹線(一括)。。。もう一度この獅子頭圳幹線・支線配置図を見て欲しい。十穴まで幹線の分岐は無い、詰り後者の解釈が多分正しい。下段中央写真は、進水門を東側から撮影、右写真はその四連門を越した獅子頭圳最上流の荒々しい水量と水流、これが当該水圳の第一の特徴である。

最後に既出のダイヤグラムの更新版は以下の通り:

B)カテゴリー「獅子頭圳」投稿記事のタイトルとエピソード対比
C)B版拡大図(続く)
posted by 玉山 at 20:56| 台北 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 『水の古道』獅子頭圳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年04月27日

『水の古道』獅子頭圳-3:灌漑用水システム用語

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【写真説明】今回の投稿記事「獅子頭圳-3」の位置は、「獅子頭圳-2」三幹線進水門を通過後西進、その後直ぐに南進後再度西進が始まる部分なのだが、複数の異なる水門、水路が各々異なる機能を有しながら「沈砂池」と云う一つの機能で統合されている場所である。筆者自身の撮影した写真を使いこれらの構造物を説明しようとしていたが、グーグルマップのストリートビューが一番手っ取り早いことに気付いた:

1) 本トリミングは沈砂池全景、現場のプレートには「導水幹線沈砂池」とある。獅子頭圳幹線の一部であり圳水は右から左に流れており、中央の三連の古水門(上断左写真も)、その奥に見えるステンレスのパイプと青いペンキで塗られた構造物(上段中央写真も)を通過し西進する。
2) 左側道路沿いに敷設され金属のハンドルが見えている水門の袂には「導水幹線二号排水門兼溢洪工」のプレートあり(上段右写真)。幹線から溢れ出た圳水はこの水門から流れ落ち(下段左写真も)、左側アスファルト道路下に敷設された水路を経て獅子頭圳支線様となり南進する。
3) 中央の三連古水門には「導水幹線制水門」のプレートあり。
4) 一番奥の現代水門には「獅子頭圳導水幹線制水閘門」のプレートあり。
5) 下段中央・右写真は、4)の僅かに下流側に敷設された古僕な渡槽、明らかに日本時代構築だと推察される。案内プレート等無し。
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posted by 玉山 at 10:02| 台北 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 『水の古道』獅子頭圳 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする