2022年05月07日

六亀特別警備道−47:第9宿「小田原」

Kodou-2688.jpg Kodou-2689.jpg Kodou-2690.jpg
【写真説明】今回の三日間の踏査行の中でどうしても尋ねたかったのは、小田原と沼津分遣所遺構である。規模が極めて広大と聞いていたからだ。小関山林道沿線の藤沢〜箱根間で、最も林道からの距離が長いのが小田原分遣所跡地である。それでも林道からの距離と落差は各々凡そ200b、50bに過ぎなかった(筆者の現場での実際のトレース参照)。小関山林道11`地点に車を停め適当な入山地点を物色、最終的に選択したのが左写真だ。中央写真は小田原跡地の最も南側と思われる地点に現れる、殆ど崩壊した石塁。最も丈の高い石塁は跡地の最も北側に位置する分遣所遺構を支えていたと思われる。右写真に見るように大人の背丈を超えている。遺構のスケールを感じ取って貰う為に、以下三枚のパノラマ写真を添えた。先のトレースでも判るように傾斜地に設営された駐在所である::

パノラマ#1:跡地の東端の石塁の一部。
パノラマ#2:南端に位置すると思われる最も規模の大きな石塁。上段右写真の石塁を抱合。
パノラマ#3:跡地の西側の景観、何処まで広がりがあるかは未確認。(続く)
posted by 玉山 at 00:00| 台北 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 六龜特別警備道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年05月14日

六亀特別警備道−48:第10宿「箱根」

Kodou-2692.jpg Kodou-2693.jpg Kodou-2691.jpg
【写真説明】「箱根」分遣所跡地は、小関山林道沿いの六亀特別警備道の最南の駐在所跡地となり、林道約10.5`地点から西側(林道起点を背にして左側)に入り込むとそれらしき石塁(左写真)に突き当たる。パノラマ写真も参考までに添付しておく。駐在所跡地として疑いようがないのだが、ダイアグラムを見て判る通り、箱根−沼津間は駐在所遺構と思しき箇所が一箇所多い。この謂わば「字余り」の解決策として、台湾ネット上の公開報告を見ていると、二通りある:一つは、ダイヤグラムの様に、沼津分遣所を新旧の二つに分ける方法。これはそういう歴史的なイベントが存在したのかもしれないが、二つの沼津跡地は接近しているので説得力はある。もう一つは、小関山林道西側遺構は無視して、ダイヤグラム上に筆者の方で「三島」分遣所跡地と表記した地点を箱根跡地として見做す方法。筆者の手元の市販地図帳では、この箱根跡地と思しき場所に「林務局富園駐在所(廃)」の標記がある。林務局機関としての駐在所という呼称を目にしたのは初めてのことだ。日本時代の警察機関としての駐在所と混在して使用しているのかどうか?は定かではない。現地には塩ビの水管が渡されていたるのを目撃した(中央写真)ので、林務局の苗圃が嘗て在りその為の駐在員の作業場兼宿泊所が存在し地図帳の標記になったかもしれない。六亀警備道は箱根を過ぎると、小関山林道を離れ、沼津分遣所に向かい急降下、そのまま宝来渓まで降り切り渡渉し対岸の山に取り付くのだが、その宝来渓沿いに湧き出る温泉の中に、富園橋温泉と云う標記を見付けた。宝来渓は、玉山連峰に源頭を持つ荖濃渓の支流の一つだが、渓谷沿いに複数箇所で温泉が湧き出しており、地図上では通常「七坑温泉」から始まり「十三坑温泉」までの標記がある。要は古来から十箇所以上の湯場があったという意味だ。これらの温泉は、極めて著名な温泉街を形成している宝来温泉の源頭になるはずだ。何れにしても、富園駐在所と富園橋温泉の標高差は500bもあるのだが、何故これら二つの地点を結び付けたのかは不明。右写真は箱根跡地で目撃した約9箇月前の日付けをマークした布条、「六亀警備道踏査」と読める。これも筆者が当地を箱根跡地として特定した理由の一つである。(続く)
posted by 玉山 at 16:58| 台北 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | 六龜特別警備道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする