2022年01月29日

六亀特別警備道−33:「日本橋」(2)

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【写真説明】高雄市桃源区区役所がある同区の行政中心地域は、玉山国家公園方面に向かう台27線沿いにあり、日本時代「ガニ社」と呼ばれたブヌン族集落である。荖濃渓右岸の河岸段丘上に集落は形成されている。集落の載る河岸段丘の標高は約615b、荖濃渓対岸の標高約560bの同じく河岸段丘上に日本橋分遣所は設置されたのだが、対岸の何処なのか?全く見当が付かなかったのは前稿で述べた通りだ。以前はこの集落から荖濃渓対岸へ渡るのに河床に道路が敷かれていた。グーグルマップで見ると以前は掛かっていなかった[口|戛][口|拉]鳳(カラブン)吊橋が掛かっている(左写真、荖濃渓左岸側から撮影)。2014年竣工、全長180b弱、吊橋名のカラブンと旧社名ガニとの関係は知見無し。筆者は、恐らく毎年ルートが変わる河床道路は昔のまま通行が可能で、新吊橋は観光用の徒歩でしか渡れないものだと想像していたのだが、どちらも裏切られた。前者は、多分昨年夏の台風襲来時の洪水の為に両岸が断裂されたまま、後者は実際歩いている際は気付かなかったのだが、小型車なら通行が可能なことだ。筆者の当初の希望は車で対岸に渡り、あわよくば、嘗ての踏査行時(前稿右写真撮影時)に徒歩で辿った農道―台湾総督府殖産局山林課埋定の森林三角点のある留佐屯山西峰へ至る登山道、頂上付近に第1宿「品川」分遣所遺構があるハズ―に普通車で乗り入れ可能か?を調べたかったからだ。

吊橋を渡り切りそこを走るセメント舗装の道路(ガニ農路主線)を右側、即ち南側に折れる。直ぐに留佐屯山西峰方面への三叉路に行き合う。最初からいきなりの登りで筆者の運転技術では疑問の急坂が見て取れる。そのまま農道主線の緩い坂を登り切ると再び三叉路に出会い、右手は荖濃渓左岸川岸方向へ下る道が付いている。その先の平坦地に農園が拡がっている(中央写真)。『日本時代臺灣蕃地駐在所建築之体制與實務』から拝借したGPS座標にどんどん近付くので、日本橋分遣所跡地はその農園内にあることは容易に想像が付いた。この二つ目の三叉路の出会いは少々意外な気がした。藪の中に切り込まねばならぬことを覚悟し鉈を携えて来たからだ。加えて、譬え嘗て駐在所遺構が残っていたにしても、農園が拓かれた時点で一掃されてしまったことも想像出来る。農園への下り坂を降り切ると作業小屋がありその脇を通る小径を行くと、農園と川岸の突端の間にこじんまりとした梅園があり、満開を過ぎてはいるが白い花を咲かせていた(右写真)。(続く)
posted by 玉山 at 00:00| 台北 ☁| Comment(0) | 六龜特別警備道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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