2022年04月16日

六亀特別警備道−44:第6宿「藤沢」

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【写真説明】六亀警備道上の駐在所遺構を求め小関山林道を何処まで辿るかについては、実は藤沢分遣所跡地が適当でないか?と最初から目論んでいた、と言うより決めていたというのが正直な所だ。何故なら、森林三角点を擁する小斯拉巴庫山(標高1,377b)山頂が藤沢であるという知見があったからだ。筆者は日本時代に埋定された三角点は山頂の高低に拘らず機会があれば尋ねることにしている。しかも林道脇の登山口から5分程で山頂まで辿れるという山行記録も目にしていた。登山口は二箇所、林道起点を背に右側(東側)にあり、南北両方から林道に沿い、緩い登りが付いている。これがそのまま警備道であることは、僅かに路肩擁壁の石塁が散見されるので直ぐに感得出来る(左、中央写真)。三角点は分遣所跡地の中に埋定されている(埋め込みパノラマ写真;三角点は左端に小さく写る)。殖産局森林課に依る三角測量は、大正14年(1925年)から始まり昭和19年(1944年)迄継続されている。六亀警備道の整備が進むのは五箇年計画理蕃事業の最終年、大正4年(1915年)なので、分遣所設置の方が明らかに早いはずだ。三角点が埋定された時は、藤沢分遣所自体既に閉鎖されていたかもしれない。小斯拉巴庫山山頂はそれ程広いとは思えなかったが、敷地を囲む石塁は殆ど崩壊している様子が落ち葉に覆われた起伏で判る。山頂南側の正門と思しき遺構の石塁の残存状況(右写真)は良好だった。尚、「斯拉巴庫山」(標高2,757b)と云う玄人ハイカー向けの山が、藤沢分遣所が設置された小丘陵より遥か北側にある。ブヌン語の漢音訳だと思うが、日本時代のカタカナ表記は「スーラバタン」、由来判らず。藤沢分遣所が設置された山はこのスーラバタン山に対峙させたものらしい。(続く)
posted by 玉山 at 00:00| 台北 ☀| Comment(0) | 六龜特別警備道 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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